執筆者の紹介

王堂 哲
ロンザジャパン社勤務。

L-カルニチンに限らず、すぐれたサプリメントがきめ細かく研究され、正しく用いられながら日本人のQOL向上に役立つことをテーマとして活動している。


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2017/04/27 (9:00 am)
先日ある週刊誌に、トクホとして販売されている難消化性デキストリンなどを含む健康食品について「実は効かない」とする記事が二週にわたって掲載されずいぶん話題になりました。

私も読んでみましたが、どうもトクホの根拠になっている論文を有識者(大学の名誉教授の人など)が調べたところ、脂肪の排出促進などに関する件の論文の有効性データが不十分だということのようでした。

そのトクホのコーラの「脂肪排出力」を信用して毎日飲み続け計算してみるとなんと36万5000円もの資金をつぎ込んでいた人がいるそうです。

その人は毎日1.5リットルのペットボトルを飲み続ける日々を送ってきたそうですが、「効かない」とする週刊誌の記事を読んで愕然とし、はげしい怒りが込み上げてきたということです。

私はこの記事を読んで特に驚きはしませんでしたが、随所に問題はあるなという気はしました。

まず、そういうトクホの認定を得るような商品の根拠になっている論文をどういうスタンスで理解するのかということがあります。

もちろん専門家の審査を経た論文ですから虚偽が書かれているとは思われませんが、医薬品にしても食品にしても「100 %効果があること」が示されることはありません。

また誰が、いつ、どんな条件で飲むのかということは予想できませんが、論文ではある一定の条件を設定せざるを得ません。

効き目を客観的に評価するために有意差検定という統計処理を行い、効いたのが偶然ではないということを示すルールになっています。

たとえば野球4割打者といえば間違いなく強打者ですがそれでも6割は凡退しているわけです。

トクホに裏切られたと逆上する人は、もしかするとその商品が10割の打率であると思っているのではないかと思います。

だからこそ毎日それを飲み続け、途方もない出費額になったということでしょう。

私はそういう事例に接して、そのメーカーが消費者を欺いているとは思いません。

私たちは朝起きてから寝るまでのあいだに実にたくさんのチョイスをおこなっています。

朝食に何を食べるか、運動不足だから少し早めに家を出て一駅分を歩くかどうか、昼食を中華にするか和定食にするかあるいは野菜サラダだけにするか、午後に飲むコーヒーにはフレッシュミルクと砂糖を入れるかどうか、夕食のときに酎ハイにするかハイボールにするか・・・

たとえば今から30-40年以上も前であれば、そういう選択は気持ちと食欲のおもむくままだったことと思います。

もしお医者さんの忠告などを受けて健康に留意している人があったとしても、そもそもトクホ製品など世の中になかったわけですからのどが渇けば缶ジュースやサイダーを買って飲むしかありませんでした。

現代社会はその点が充実してきており、選択肢に関しては相当なバラエティが生みだされています。

ある日ハンバーガーを食べながらたまにはコーラもいいな、と思ったとします。

そこでコンビニに行きますと「ふつうのコーラ」「ダイエットコーラ」「トクホのコーラ」などの選択肢が眼の前に用意されているわけです。

健康に気をつかっている人ならここで「トクホのコーラ」をやや高い値段を払ってでも選ぶ可能性は高いと思います。

そして実際「ふつうのコーラ」を飲むよりはいくぶんかでも健康留意に役立つ方向に進んで行くことができるでしょう。

こういうところ、つまり「柔らかいチョイス」にトクホというオプションが用意できること、ここにひとつの存在価値があると私は考えています。

36万円も払って飲みつづけた人が「実は効かない」という週刊誌の記事を読んで怒り心頭に達したというのは、そもそも健康ということに対する気構えが「厳しいようで甘い」と思うのです。

「健康はひとつのトクホ製品によって支えられる」などと信じて疑わない人は逆にその他の食習慣や運動習慣をどう心得ているのか問いたくなってきます。

もちろん供給する企業としては真摯に開発と研究を行い、できるだけ確実な効き目をめざすべきだとは思います。

そしてその意味で「考え方の甘い企業」が一部に存在することも事実だと思います。

さらにそういう実態について一面的な結論に向けて記事にしようとする週刊誌にも問題はあるはずです。

最終的には毎日のさまざまなチョイスに際して「どちらかといえば健康に良いのはこちら」という柔らかい選択をしながら生きてゆくこと、これが最も重要なことではないかと思います。


次回の更新は5/4(木)です。
2017/04/20 (9:00 am)
化学記号で(CH2O)nと書かれてもピンと来ないかもしれません。

これを漢字に直すと(炭・水)nですが、これでもまだよくわかりません。

炭と水がくっついて「化けた物」とすれば、「炭水化物」となり、これでだんだん通じてきます。

文字どおり炭水化物は炭と水がくっついてできたものですので、たとえば炭水化物の一種である木材や紙、お米などを燃やすと水が抜けてあとに炭が残ります。

ここまでは化学の話ですが、炭水化物はさらに細かく「法律によって」分類されています。

炭水化物の中でもブドウ糖やショ糖(グラニュー糖)のように食べればほぼそのままエネルギーに変わるものは「糖類」です。

この糖類にデンプン(ブドウ糖が多数つながったもの)や人工甘味料などを加えたもの、それが「糖質」と定義されています。

つまり「糖類」は「糖質」の一部です。

炭水化物から「糖質」を差し引いたら何が残るか、というと「食物繊維」が残ります。

というわけで「炭水化物」は「糖質」と「食物繊維」からできていて、さらに「糖質」の一部に「糖類」があるというわけです。

食物繊維はさらに水に溶けるものと溶けないものに分類されますが、法律ではそこまで区別していません。

ところで「糖類」は「糖質」の一部なのですから「糖質ゼロ」の方が「糖類ゼロ」よりも含んでいるものが少ないことになります。

たとえば「糖類ゼロ」という場合にはブドウ糖ははいっていませんがデンプンは入っているかもしれません。

デンプンは酵素(アミラーゼ)によって分解されてブドウ糖「糖類」になり、それはエネルギーになります。

「糖質ゼロ」でも「炭水化物」が含まれているというのなら、「食物繊維」があることになります。

しかし「食物繊維」はエネルギーにはなりませんので、結局「糖質ゼロ」とあれば一応カロリーは非常に少ないものと考えてよいわけです。

こんな分類は何故あるのか?というと、食品製品のラベルにそういう情報を書いておくことによって消費者は「カロリーが低い製品はどれか?」を判断できるからです。

ただしこれはあくまでも法律の世界での理屈であり、科学的な分類ではありません。

消費者に与えられる情報が科学的なものか法律的なルールに基づくものか、といったことはそれこそ「消費者には関係のないこと」ですが、理解できるものでなければ困ります。

大学の専門学部で生化学など教えている先生でも「糖質」と「糖類」のちがい、といってもまともに答えられる人は少ないと思います。

それはこの分類が法律によるものだからですが、いずれにしてもここで私が思うことは「こんなにわかりにくくていいのかな?」ということです。

食品のラベル表示にはかなり厳密な取り決めがありますが、狭い面積に細かい字で書かれたことも読まれて理解されなければ意味がありません。

とはいえ、「糖質」と「糖類」、「食物繊維」そして「炭水化物」の関係あたりを理解されれば自分の欲しいものを選びやすくなるかもしれません。

糖尿病傾向の人や風邪や食欲不振で元気が出ない人、それぞれが何を選べばよいか?

お役人の方々にはどうかもっとわかりやすいものをめざして頂きたいと思います。


次回の更新は4/27(木)です。
カテゴリ : 食生活 : 
2017/04/13 (9:00 am)
この前テレビで缶詰めの特集をやっていたのを偶然見て驚きました。

同じ缶詰めでも早めに食べた方が良いもの(野菜など)と賞味期限間際が最も美味しくなるもの(魚など)があるとか、缶詰めを食材にして料理するとびっくりするくらい手早く「じっくり煮込んだ感」のあるメニューができるとかいうことです。

これまで缶詰めというと「時間のない時、それで済まそう」というふうに何となく手抜き感覚のようなものがありましたが、ある一流の料理人の言によれば缶詰めというものは「非常に高度に調理されたすぐれた食材」なのだそうです。

たとえば炒めた玉ねぎに牛肉の大和煮、缶詰めのホワイトソースを加え、ケチャップとウスターソースで味付けをするとあっという間に最高においしいハヤシライスができるということです。

スタジオでの試作品をゲストの人達が食べていましたが実際みごとな出来栄えだったようでみな一様にうなっていました。

また、サバやサンマ、イワシなどの缶詰はオイルの中にω-3脂肪酸が入っているのでこれを捨ててしまうのはとんでもなくもったいない、ということも改めて認識しました。

かんがえてみればその通りですが、何となく缶詰めの汁などに特別な価値があるとは考えず、ほとんど捨ててしまっていたなあと思います。

あと、これはまた別の番組ですが昔ながらの「もと」を使ってカレーを作る時に、ピーチネクターを一本分入れると一流ホテルのカレーの味になる、というのも見ました。

実際多くの人がホテルのカレーと食べ比べてどちらが即席のものかあてられずにあきれたり失笑を買ったりしていたのです。

実践女子大学の田嶋先生の謎解きによれば、この場合はピーチネクターの甘味とそこに含まれているペクチンという水溶性の食物繊維が醸し出すとろみの効果らしいということでした。

水溶性食物繊維はまた腸内細菌の保養に役立つ成分ですから、そういう面でもメリットが見込めるのではないでしょうか。

また、安い蒸しケーキを3時間冷凍庫で凍らせると、生地の食感が変化してこれまたコクに満ちた最高レベルのチーズケーキと区別がつかなくなるという実験もありました。

なんとゲストの全員がまちがってしまったのです。

手抜き料理というと聞こえがよくありませんが、あらかじめ引き上げられた調理度に何かひと手間ふた手間を加えて最高の美味や栄養価値を享受する方法というのはもっと見直されてもよいのかもしれません。

缶詰め流ハヤシライス、ピーチネクター式カレーライス、冷凍裏ワザ蒸しケーキ・・・試してみたくなりませんか?


次回の更新は4/20(木)です。
カテゴリ : つれづれ : 
2017/04/06 (9:00 am)
先月の国会でのこと、ある野党議員が麻生大臣に対して「人間が生きる上でいちばん必要なものは“空気”、では2番目に必要なものは何か?」という謎かけ的な質問をしました。

これを受けて麻生さんは「人間が生きていく上で大事なことは朝は希望を持って目覚め、昼は懸命に働き、夜は感謝と共に眠る、この気持ちだと思っています」と切り返しました。

はっきりいって質問者が誘導したかった趣旨とはちがう回答だったわけですが、グンと高い次元から降ってきた一連の言葉に当の野党議員も思わず脱帽、感服の意を表明していました。

国会の場でこういう形而上的なフレーズが交わされることはあまりないことですので私もちょっと驚きましたが、あとでお風呂にゆっくりつかりながらふとこれを思い出し、ほんとうにそうだなあ、そうできればいいなあ、と妙に納得しました。

とくに私が感じたことはふたつあります。

一つ目はこの朝、昼、夜の気構えというのは「心身の健康」と表裏一体になっているだろうということでした。

先の稀勢の里優勝の日など、彼はまさに(逆転優勝への)希望をもって目覚め、懸命に相撲を取り、夜は感謝をもって眠りに就いたのではないでしょうか。

横綱は負傷していましたから身体の方は決して健康とはいえない状況でした。

けれども「心の健康力」がそれをみごとに補ったのではないかと思います。

「どうせケガをしてるんだから本当なら休場なんだ。土俵に上がるだけでもいいんだ、勝てるわけなんかないんだ」と思っていたらあのような結果を生むことは200%できなかったにちがいありません。

もうひとつ思ったことは、希望→懸命→感謝というパターンは一過性のものではなくて希望→懸命→感謝→希望→懸命→感謝・・・という連続性でなりたっているようだということです。

すると一日づつの単発ではなく、一日が二日になり、一週間になり、ひと月になり・・・とだんだん拡大して行けることになります。

また今月は希望を宿し、来月は一生懸命に働き、再来月は感謝をささげる、というようなふうにはなりません。

やはりお日さまが出て、日中天上を照らし、日が落ちてゆく、というこのサイクルに人間の生命リズムの基本があるということでしょう。

実際には、希望をもって目覚められない時、仕事に打ち込めない時、感謝より不安で眠れない時、こういう日も少なくありません。

それでも「麻生さんのサイクル」を念頭に置いてリセットや調整をしながら日々を送ることはいろんな意味でよい影響をもたらすのではないかと思いました。

「働き方改革」などもいたずらにデジタル的な数値の多寡を議論するよりも、こういうどっしりした目標を基幹に据えて職場や個人が対応して行けばよいように思うのですが、いかがでしょうか。


次回の更新は4/13(木)です。
カテゴリ : つれづれ : 
2017/03/30 (9:00 am)
先週横綱稀勢の里が10連勝中で破竹の勢いというときに実に楽しい気持ちでブログを書きました。

きっとこのままあっけらかんと全勝優勝でもしてしまうのだろう、と思っていたらなんと13日目に土俵下に落下して自重で肩を打撲するという大アクシデントに見舞われました。

このとき12日目の木曜日、私は相撲のニュースをチェックする時間がなくすっかり安心しきって乗り物で移動していたのですが13日目金曜日の夜にウェブニュースで「稀勢の里14日目も強行出場」と出ているのをみて驚きました。

14日目の取り組みではあっけなく敗退、というより休場せずに土俵に上がるだけでもたいへんだったに違いありません。

興味深かったのは14日目の夜(土曜日)のニュース番組です。

こと相撲に関してはお通夜のようになってしまいヘッドラインでタイトルは出ているものの報道はなし、もしかしたら悲劇の横綱に配慮して報道規制でも出ているのかと思われるほどでした。

致命的な傷を負いながら無理を押して土俵に上がる、そしてあっさり負けてしまう、というようなことはニュース報道としてもたしかにバリューに乏しいというか、とにかくまったく元気が出ない話ではあります。

そして迎えた15日目千秋楽、この日も観客は出場し続ける稀勢の里の悲壮感漂う雰囲気にとっぷりと浸されアナウンサーもテレビ解説者(元横綱北の富士さん)も始終全く意気消沈した語り口調でした。

優勝がかかっている照ノ富士、彼は彼で手負いの名横綱を相手にさぞかしやりにくいことだったでしょう。

しかしもはや横綱の優勝など確率はほぼゼロ、何とも後味のわるい幕切れだけがイメージされる状況でした。

ところがあろうことか終わってみれば稀勢がビックリ仰天の勝利を収めるや世の中の雰囲気がガラッとかわってしまいました。

そして優勝決定戦での連勝、と、現実は小説よりも奇なることをまざまざと感じさせられた一瞬でした。

これはすごい!!

大阪場所は一瞬にして我を忘れた狂喜乱舞のるつぼに豹変しました。

私自身、一週間前に悠然と十連勝を続ける稀勢の里の様子にもらっていた元気のオーラとは比べ物にならないくらいのオーラシャワーを浴びたように感じました。

大関照ノ富士も満身創痍、こちらの敢闘ぶりにも万雷の惜しみない拍手が贈られました。

いや、実にいいシーンでした。

稀勢の里はずいぶん大きい力士ですが調べてみたら身長は187センチで体重175キロ、対する照ノ富士はさらに大きく192センチ、185キロとのこと。

名勝負の後で笑ってしまったのは両者のBMI値です。

なんと横綱が50.04、大関が50.18だと。

25以上が肥満体型などと言われますが、その倍、こんなBMIは見たことがありません。

もちろんこの人たちの肥満度は通常の指標で計り知れるものではなく、筋肉の塊のような存在ですが、そこに何といってもあきらめない意志の強さ、闘志、といったものがガシッと貫かれているのが目に見えるようでした。

人間の肉体と意志の力が組み合わさったときには奇跡が起こることを目の当たりにしました。

これはものすごい健康の権化だと思いました。

また思い出して元気が湧いてきそうな気がしています、スバラシイ!


次回の更新は4/6(木)です。
カテゴリ : つれづれ : 
2017/03/23 (9:00 am)
今年は何度も寒のもどりがあり、春がいっそう待ち遠しく思われます。

北国の春の到来は、これからまだ5月初旬まで少し間があります。

けれどもなんとか各地でサクラの開花宣言がはじまり「暑さ寒さも彼岸まで」ということばに説得力を感じます。

さてここへきて野球では侍ジャパンの爽やかな大躍進、相撲では新横綱稀勢の里の大人気に同部屋の関脇高安が史上初のアベック十連勝を果たし花を添えていて日本全体に元気が満ちている感じがします。

稀勢の里は先だっての初場所後に大関から横綱に推挙されたわけですが、その時点ではこの昇進、まだ時期尚早ではないかという声もかなりありました。

しかし実際その地位についてみると文字どおり心身ともに大きく安定感がぐっと増したようで、なんだか大阪の格技場全体がこの人の呼吸でゆったり覆われているような、そんな巨大なオーラが眼に見えるようです。

相撲の極意は心技体の充実にありと言われますが、稀勢の里の威容は人間たるものまず「心」の部分がすべてに先立つことを示してくれているように思われます。

彼は場所前の稽古で左目の額の脇に傷を負い10針以上を縫うような処置を受けていますが、そんなものは彼の現在の気力の前ではまったく影響のかけらもないようです。

生体防御といいますか、免疫力は気力の影響も大いに受けるものですが、横綱の身体の充実ぶりはそのあたりも十二分にカバーしているのでしょう。

そういう「気」の充実はきっとそれを観戦している側にも色濃く伝搬してくるにちがいありません。

一方をみれば難しそうな政治的課題が国内外の方々で頻発していますが、ここはひとつスポーツの世界に意識的に首を向けて元気をたくさんもらいながらしっかり仕事、そしてゴールデンウィークに突入!と行きたいものです。


次回の更新は3/30(木)です。
カテゴリ : つれづれ : 
2017/03/16 (9:00 am)
「なごり雪 (名残雪)」を辞書で引きますと、春になってもとけないで残っている雪、春が来てから降る雪、などと出ていました。

春は新生活が始まる次期でもあります。

新生活のはじまりはある人にとってはこれまでのくらしとの別れの時期であるかもしれません。

伊勢正三さんの名曲「なごり雪」はそんなせつない季節のドラマをあざやかに表出させた名曲です。

私はティーンエイジャーのころかぐや姫の『三階建ての詩』というLPアルバムでまだ有名でもなかったこの曲をはじめて聴いたときの強い印象をはっきり憶えています。

一方社会人になってしまいますと、そんなロマンチックな季節の変わり目に心を動かされる節目感も薄くなり、ついこのまえ年末年始のあいさつを交わしたと思ったらもうさくら前線の予報、そしてあっというまにまた一年が過ぎてゆくような気がします。

ところで、そういうメリハリ感が希薄な昨今ではあってもこのシーズンは「三寒四温」「暑さ寒さも彼岸まで」などという古くからの言葉であらわされているようにとかく体調の管理の難しい時期であることは確かです。

花粉のケアもして行かねばなりません。

こんなことばかり書いているとメランコリックになって「春のウツ」を誘導してしまいそうになりますが、春の本領はやっぱり明るさ、たのしさ、美しさ、という前向きなイメージにあるにちがいありません。

いま春が来て君はきれいになった
 
去年よりずっと、きれいになった

・・・名フレーズは何年経っても色あせないものだなあ・・・と思います。

おだいじに、そしてよい春をお迎えください。


次回の更新は3/23(木)です。
カテゴリ : 健康 : 
2017/03/09 (9:00 am)
代表的な疾患と日本人の患者数について少し調べてみました。

およそ以下のようでした。

骨粗しょう症患 1,300万人
高血圧性疾患 1,000万人
認知症 500万人
糖尿病 320万人
高脂血症 200万人
心疾患 170万
がん 160万人
うつ病・不安症  130万人
脳血管疾患 120万人

たとえば骨粗しょう症にかかっている人の割合は男:女≒3:1、つまりこれは女性に多い疾患で、70歳代の女性の場合5人に2人が該当するというのが現状です。

認知症であれば男女混合で65歳以上の5人に1人という数字が出てきます。

そう聞けばどれもけっこうリスクが高く、他人事ではないなあという気がしてきます。

しかし逆に考えれば、高齢女性に集中している骨粗しょう症でさえ、5人に3人は該当しない、問題なし、認知症なら5人中4人は大丈夫というわけです。

つまり罹患する側よりしない側の方がまだ多数派であるともいえます。

であればそれぞれの疾患の「多数派」に属する確率の方が高いということで、ここにひとつ希望が見えてきます。

そこで、ここに挙げた疾患のいずれについても「多数派」でいられるように心がけて生活する、というライフスタイルについて考えてみる、というのはいかがでしょうか。

代表疾患の多くは生活習慣(ライフスタイル)に左右されるファクターが少なくありません。

たとえば糖尿病ひとつだけに着目したとき、適度な運動をし、過食を避け、夜遅くの食事は控え、口腔を清潔にし・・・といくつか留意点が挙がってきますが、これらは同時に他の多くの疾患の予防にも強くつながって行きます。

つまり、ここにあげた9つの病気の予防策がそれぞれに3つづつあるとしても実行すべきことが27項目あるというわけではありません。

一方、たったひとりでこれら9つの疾患のすべてにかかってしまうというリスクも考えられるでしょう。

ここに「健康格差」の本質が見えてくるように思えます。

病気は必ずしも万遍なく襲ってくるというわけではなく「好ましくない生活習慣を持つ人」に集中的に複数のリスクが忍び寄ってくる、という認識です。

またこういう疾患はどれも突然やってくるのではなく、その予兆段階が必ずあります。

ここで健康な状態に引き返す、引き返し続ける、というイメージにもちょっと頼もしいリアリティがあるかもしれません。

結論として「私はどの疾患にも無縁な状態をめざす」というのが結局いちばんの方策といえるのかもしれません。

また、どれかにすでにひっかかってしまっているという人も、それについてまず集中的に克服すれば他のリスクも同時に退散させられる、まさに一病息災の気構えが役立つでしょう。

ここは欲張り気味、で行きたいものです。


次回の更新は3/16(木)です。
カテゴリ : つれづれ : 
2017/03/02 (9:00 am)
作家の佐藤愛子さんは『九十歳。何がめでたい』という本を最近上梓されました。

とても評判がよいそうです。

この佐藤さんにはご自身91歳のとき(2014年)人生の集大成のつもりで書かれた『晩鐘』という小説があります。

この作品を書き終えたあとには特に「毎日しなければならないこと」がなくなってしまったのだそうです。

佐藤さんほどの方であれば経済的にも安定しておられるでしょうし(数十年前に20億円もの借金を背負われたときもあったそうですが、みごとに完済されたとか!)、そこへ集大成も世に出せたとなれば、あとは絵にかいたような悠々自適ではないかと想像します。

ところが実際にそうなってみると朝起きる必要もないのでずっと寝床から立ち上がれないという状況になって元気が出ず、ついには鬱状態のようになってしまったというのです。

まあ、そこに『九十歳。何がめでたい』の企画の話が来てまた復帰に成功、と、これまた素晴らしい逸話です。

私がとても興味深いと思ったのは功成り名を遂げ、集大成の仕事をやってしまったあとでも目標を失ってしまえば人は鬱状態になってしまうというところです。

もしそうだとすれば、人間いつまでも何らかの「まだ達成していない目標」を持ち続けたほうがよろしいということになります。

ですからこの世を去る時にはやり残しの仕事がある、という状態がかえって最高なのかもしれません。

そういえば、作家の三島由紀夫さんのような才気煥発の人でも「書き尽くしてしまった感」を強く持っていたそうで、そのこととあのような壮絶な最期を遂げたこととは関係があると考える説もあります。

凡人とはいえ、90歳からまだほど遠い私などにしてもきっと10も20もひとりよがりな目標を持っていてちょうどよいくらいなのだろうと思います。

もし悩んいることがあれば、それを解決するということも目標のひとつといえそうで、そんならいくつでも数えあげられるな、とちょっとへそ曲がりなことも考えてみたりしたのです。


次回の更新は3/9(木)です。
カテゴリ : つれづれ : 
2017/02/23 (9:00 am)
今回は別の精神科医によって書かれた本についてご紹介します。

きたやまおさむさんの『コブのない駱駝』という本です。

これはきたやまさんの精神分析論的な語り口調による自伝です。

この方は『戦争を知らない子供たち』や『あの素晴らしい愛をもう一度』『花嫁』などの作詞で有名です。

きたやまさんは京都府立医科大学⇒札幌医科大学⇒ロンドン大学と学業の地を転々と変えながら次第に精神分析医の道に入って行ったそうです。

そういう長い道程を歩む中で前述の名曲名詞が生まれたことは実におどろくべきことと思います。

かくいう私は精神分析医としてのきたやまおさむよりも「ミュージシャンとしての北山修」のファンとして長年やってきた者です。

ステージやレコードで接する北山修に感じる最大の魅力はそのつかみ難いアイデンティティにあります。

この人、何を考えてこんな唄を作っているんだろう、いったいどんな研究をしているんだろう、いくらくらい稼いでいるんだろう、どこに住んでいて今何をしているんだろう、と謎はつきません。

それでいて作品はいたってすばらしく、ふと口ずさんでしまうフレーズが私の脳にたくさん刻まれています。

その北山さんの謎の部分、というかきたやまおさむがなぜ謎めいているのか、ということを自分で解説しているのが『コブのない駱駝』という本です(ちなみに『コブのない駱駝』という奇妙な表題は同じタイトルを冠した1960年代に書かれた作品から採られているものです。この唄もまったく風変りこの上なく、耳について離れない「奇曲」のひとつです)。

ともあれきたやまさんはその本の中で自分の心の内の多面性について悩み、傷つき、アイデンティティがどこにあるのかをずっと考え続けてきた、ということについて客観的に告白しています。

流行歌の作詞家、反戦メッセージの発信者、コミカルバンドのディレクター、精神科医、先天的に眼に障害をもった一患者、大学教授・・・と様々な顔を持ちながら、結局「どの顔も自分であり、どの生き方も自分の人生として認めてゆく」ということを肯定しながら生きてゆく、そんな術を発見して行ったということです。

様々な自分のいずれをも自分として肯定してゆく、この懐の深い考えは留学中に出会ったウィニコットという英国人精神分析者の思想に基づくものだと書かれています。

要するに多面的であることを自己肯定的な特徴としているわけですから、私がひとりのファンとして北山さんの実像をひととおりに想像したり追いかけたりしてもわかるはずはなかったのです。

このことを今度はわが身にふりかえって考えてみますと、わがままな欲望に富んだ自分がいて、それをいさめようとするストイックな自分もいて、さらにそれを上から客観的に見ている自分がいて、という側面は私にも確かにあります。

また、こういう顔をもっていたい、こういう側面ももっていたい、こちらにも首を突っ込んでおきたい、というような四方八方に引き裂かれかねないような不埒な欲目もあります。

しかしその中で苦労してバランスをとりながら、すべてを肯定的に考えて進んで行ったっていいんだ、それでいいんだ、ということを今回『コブのない駱駝』から学んだように思います。

それで「脳の肩こり」が少しは和らいだような気持ちになることもできました。

時には青春時代のように自分の心とゆっくり向き合ってみるのも悪くないな、と思う今日この頃です。


次回の更新は3/2(木)です。

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