2007/11/29 カテゴリ: 食の安全 : 

食を揺るがすいろいろな次元の問題(6)その5

−今後 日本社会が切実に取り組むべき難しい課題ぁ
             議論することのむずかしさ

食を揺るがす問題についてこのブログで考えてきたこの何ヶ月かの間に、NHKテレビなどで食糧問題の特番が組まれ、つい先ごろも米作農家や評論家を交えた公開討論番組が放映されました。

ここでは、貿易障壁を設けてでも国家が農家を守り、食糧自給体制を確立しなければならないとする保護派と、輸入を促進して農作物をどんどん日本に流入させるべきである、それを買うかどうかの判断は国民に委ねるべきであるという規制緩和派に分かれて3時間ほどの討論が白熱しました。

 残念ながら、というか当然ながらそういう番組の中でこれといった結論が出たわけではありませんが、私が最終的に感じたことはこのような大問題に対してはそもそもそれを議論する枠組みを適切に設定することそのものが不可能と思えるくらい難しいことのようだ、ということでした。






農家の人々の中にもいろんな意見があるのですが、自分たちが農業をやめてしまったら国が滅ぶと主張する人、自分はもう農業協同組合に米を買ってもらうなんていうことは期待せずに台湾だかどこかの超高級料亭に向けて通常の数倍の値段で販売することに活路を見出すのだという人など、その考え方のスタンスは本当に様々でした。

一方、日本の農家が世界に冠たる日本産コシヒカリを作れるのなら米国産や中国産の「安いコシヒカリ」など脅威に感じなくてもよいではないか、という見解に続いて、番組では論より証拠というわけで、いろんな国の「コシヒカリ」を利き酒ならぬ「利き米」風に言い当てられるかどうか実験するコーナーが設けられたりもしました。

しかしよほどの専門家にも国産と外国産は見分けのつかないようでした。

また貿易全体のことを考えれば、日本の工業製品を買ってくれる外国から、逆に食料品を輸入するということは貿易の形として自然なことなんだ、日本のものは売りつけるが輸入はごめんだなんていうことは通用しない、ということを説く有識者もありました。

 どれももっともなことのように聞こえ、故にこそ番組でも結論など出なかったのですが、私はこういう大問題を皆で討論することも大事だけれども、「議論の仕切り方」のようなことがもっと肝心な気がして、結局は煮え切らない思いを残しながら3時間の番組を見終わりました。

 もっとも政治の問題、年金の問題、国防の問題など、どれ一つとっても簡単なものはない、そのうちの一つが食糧問題というわけですから、これも一朝一夕には行かないに違いありません。

何だかやり場のないような結尾部となりましたが、私はこれまで長々と考えてきた地球環境や政治、食育や国民人口構成の課題、こういうことをすべて包括的に巻き込んだ形になっている食糧の問題については、何ごともそう簡単に解決できると思わないほうがよいのではないか、そういう極めて暫定的で歯切れの良くない言葉を最後に、8月末から続けてきたこの話題を一区切りとしたいと思います。

しかしそれにしても何という身近な、何という大問題だったろうと、いまさらながら大きな驚きを感じています。

次回の更新は12/6(木)です。