執筆者の紹介

王堂 哲
ロンザジャパン社勤務。

L-カルニチンに限らず、すぐれたサプリメントがきめ細かく研究され、正しく用いられながら日本人のQOL向上に役立つことをテーマとして活動している。


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カテゴリ : 高齢者・療養中の方 : 
2010/10/14 (1:09 pm)

病院の食事(6)

前回に続き、今回も「胃ろう」について考えてみます。

「胃ろう」という処置によって患者さんの体力が回復し、嚥下・咀嚼能力が回復してくれば、やがて通常の口から摂取する食事に戻っていけます。

この場合「胃ろう」はあくまでも臨時措置だということです。

ところが、患者さんによっては回復の見通しが簡単に立たないという場合もあります。

そのような場合に、胃ろうの装着によって患者さんは延々と命をつながれることになります。

こうなってくると胃ろうはもはや臨時措置ではなく恒久措置に近い選択だということになります。

いわゆる延命治療という分野の課題になるわけです。

延命治療については、とてもこのブログで軽々に取り上げるようなテーマではありません。

非常に現代的で難しい問題です。

つまり患者さん本人の意向、家族の意向、そしてケアを行う第三者(医療機関など)の意向などの全てが判断の対象とならなければならないからです。

もしもの時に備えて、胃ろうを取り付ける処置を採るのか採らないのかを事前に決めておくことが必要だという意見もあります。

しかし、そもそも突発的に入院された時に意識が既にない場合もあるでしょう。

もちろんここで結論を出すことはできませんが、ひとつの考え方を書きたいと思います。

死に至らない人間はいませんから、どんな人でも最終的にはラストモーメント(最期の瞬間)を何らかの形で迎えることになります。

胃ろうの装着が選択肢に入ってくるときには、大抵の患者さんはある程度危急を脱して症状そのものが落ち着き、療養期間がそこそこの長期になることが予想される場合だと思われます。

本当のラストモーメント(最期の瞬間)は瞬間なのでしょうが、ろうそくの灯火が段々と減衰していくように、終盤の何日か、何時間かは生命活動が徐々に徐々に静かになっていくはずです。

そして、最終的には昏睡に陥り(それが何時間か、何日続くかはともかく)そうなれば、ものを食べず飲まず、というのがむしろ非常に自然なことなのではないかと思うのです。

ここで胃ろうなどの処置をすることは、その自然の状態、つまり生きとし生けるものが例外なく最期に置かれる状況を乱す可能性があるのではないか、そんなことも考えてみたくなるわけです。











こんなことを書いていると、そういう考え方もひとつの恣意にすぎないのであって、人の生命を左右する不遜な考えではないかとか、心穏やかならぬ想念が浮かんできます。

やはり難しい問題です。

そんなことを考えていたところ先般、元大関大麒麟の堤隆能さんが亡くなられたという記事を目にしました。

大麒麟時代は豪快な取り口で私もファンでした。

すい臓がんだったそうですが、読書家で頭脳明晰な氏は自らの死に際まで尊厳を保ち、最期の3日間程は一切の食事も水分も摂らずに眠るように逝かれたとのことです。

私はこのエピソードを読んだ時、これがいかにも大麒麟関らしい大往生だと感じたとともに、ここに至っては「胃ろう」というような処置はほとんどそぐわないものだろうとも思いました。

この話題は、このエピソードのご紹介でひとまず区切りとしたいと思います。

次回の更新は10/21(木)です。

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