2012/04/26 カテゴリ: 疲労 : 

「休日中の休憩」が必要でしょう

前回「羽目をはずす」と「羽をのばす」ということについて考えてみました。

そのあと偶然ある雑誌で漫画家の藤子不二雄さんが、昼間漫画を描いて夜から呑みに行き夜明けまで呑んでそのままゴルフに行くといったことが何日も連続したことがあった、というような凄まじい話を読みました。

この話は何年か前にもどこかで聞いたことがありましたが、ごく最近またその発言がありましたのでやっぱり本当なんだと改めてびっくりしました。

調べてみたら今から6年前の6月にこのブログで疲労のことを書いたことがありました。(このページの左側の欄で検索できますので「疲労」と打ち込んでのぞいてみていただければ幸いです)

その時には三島由紀夫、手塚治虫、モーツアルトといった天才の資質をもった人たちが文字通り疲れを知らずに仕事をし続けたことと彼らが早世したこととは無縁ではないのではないか、といったことを考えました。

藤子不二雄さんは今も元気にご活躍中ですので例外もあるのかもしれませんが、先般大阪市立大学の井上恭良先生がテレビで最近の疲労研究のことをお話になっておられるのを聞いて、やっぱり「疲れを知らない仕事ぶり」に潜む危険性を再認識しました。

「ああ、疲れた!」というセリフを最近あまり言っていない人は病的な疲労についてのリスクを持っている可能性がある、ということです。









「疲れた!」という感覚がなければ元気百倍でけっこうなことじゃないかと思われるかもしれませんが、身体が「疲れたから寝させてくれ!」と悲鳴を上げるしくみは実は生命を維持してゆく上においてはとても大切なものだということです。

その「悲鳴センサー」の調子が狂ってしまうと、結局精神的にも肉体的にももたなくなってしまいます。

早い話、覚醒剤の害悪の最たる一側面もそこにあります。

本来眠くなるべきときに目が爛々と輝いて1週間一睡もしないでも苦痛がない、こんな状態では身体は一発でマイってしまう、ということです。

むしろ、あきらかに疲れること気の進まないことをやっていて、「疲れがたまった・・・!」というときにはわかりやすいわけで、かえって問題は少ないのかもしれません。

自分の好きなことをやっているときが要注意ということになります。

例えばゲーム好きの子供などは数時間も続けてしまうことがあるようですが、これなどは危険なのでやはり休憩が必須になります。

と同様に、大人であっても仕事や作業の流れにまかせるのではなくて半分強制的に休憩をとるといった心がけが結局「丈夫で長持ち」、かえってトータルの効率もよいということになります。

もうすぐ大型連休が始まりますが、仕事をはなれて羽をのばされる方も羽目をはずされる方も「休日中の休憩」を上手におとりになり、溌溂とした「連休明け」を迎えられますように。

ではよい休日を!

追伸:次回はGW中一回スキップさせて頂き、5月10日にお目にかかりたいと思います。

次回の更新は5/10 (木)です。