2014/08/21 カテゴリ: 健康 : 

案外スマートな健康法って?

ゴルゴ13みたいにいつも、どんな状況下でも冷静にいられたら便利だろうなと思うことがあります。

「便利だろうな」というのは便利だろうな、と思うということで「すばらしいだろうな」というのとは少しちがうということです。

人間生きている以上楽しく喜ばしくやれたらと願うわけですが、その「楽や喜」を我がものとするためにはいくらかの「哀や怒」ともつきあわざるを得ない、このように思います。

考えてみれば「哀も怒もない」かわりに「楽も喜もない」といった状況では結局「疲」がやってくるのではないでしょうか。

私的には「やや躁状態」くらいで日常を過ごせたらいいだろうなと思っています。

「やや躁状態」というのは何かをやり遂げて充実しているとか、近い将来に楽しみがあるとかいうときに味わえるかもしれません。

こういう状態が続けられたらきっと健康状態もよいはずです。

ところが、どんなに調子よく感じられているときでも何かのきっかけで歯車が狂い出すときがあるものです。

ここが重要なところで、その「回転の狂い」のようなものを感じ取って冷静に立て直すテクニックを手に入れることができるかどうかがキーポイントのような気がします。

「回転の狂い」というのは精神的なもの、肉体的なものいずれにもあり得ます。

絶好調だ、と思っているときほど逆にイレギュラーなトラブルには弱かったりします。

あれよあれよという間に、という言葉がありますが、本当に心身の健康というものは実はきわどい微妙なバランスの中で成り立っているものだと気付くことがあります。

ついこの前まであんなに元気だったのに、あんなに快活だったのに・・・と思っていてもあれよあれよという間にコンディションが墜落してしまうようなことは誰しも少なからず経験がおありではないかと思います。

例えば1万メートルの上空を飛んでいる飛行機でも数分もあれば地上すれすれまで来てしまいます。

地上すれすれで何とか機首をもちあげることももちろん可能な場合は少なくないのでしょうが、できれば7,500メートルあたりで高度が下がるのを防げないものかと思います。

こういうときに必要なのは心身の屈強さというよりはむしろ冷静さだと思います。

どんなピンチになっても決してあわてふためかず、状況を落ち着いて判断すれば割合心身の苦境からの脱出口というのは見えてくるものだと思います。

結局心身の健康については上空一万メートルからさらに高みを目指して飛ぶことよりも、機首が下がってきたときに「あれよあれよ」と高度を下げず、速やかにせめて水平飛行を保たせるような冷静さをもつことではないかと思います。

機首を上げ続けることよりもその方が実は強靭だということではないでしょうか。

だとすれば「楽しみの種」をじょうずに仕込んで行くことなどもなかなかスマートな健康法だということになると思います。

そういうものを日常に仕込んでゆく自由はだれにも与えられているはずですが、案外駆使せずに過ごしてしまうこともありがちなものです。


次回の更新は8/28(木)です。