執筆者の紹介

王堂 哲
ロンザジャパン社勤務。

L-カルニチンに限らず、すぐれたサプリメントがきめ細かく研究され、正しく用いられながら日本人のQOL向上に役立つことをテーマとして活動している。


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カテゴリ : つれづれ : 
2018/12/20 (9:00 am)

貫禄とアンチエイジング

先日断捨離を兼ねて実家の棚を整理していたところ昔の卒業アルバムが出てきたので思わずしばらく見入ってしまいました。

今回改めてはっとしたのは、自分や級友のあどけない姿ではなく、そこに写っている校長先生や学年主任の先生などが何とも貫禄と威厳に満ちているように見えたことです。

当時のことですから先生方の定年も55歳だったはずなのですが、今の目からすれば少なくとも六十数歳以上には見えます。

さきほど貫禄と威厳と言いましたが確かにその通りなのでして、決して「老いさらばえた」という感じではないのです。

私は今年歳男で還暦を迎えましたので、どう計算しても今の私の方が年上ということになります。

逆に私は自分が若々しい、というよりはその「貫禄と威厳」に乏しいなあ、と思ってしまいます。

そんなことを思いながら、明治の文豪森鴎外について調べてみました。

全体的に短く刈り込んだ頭髪に鋭い眼差し、ピンと髭をたてた聡明そのもののような風貌はまことに厳めしく近寄りがたい印象を与えます。

最も有名な肖像写真は大正5年、鴎外54歳のときに撮影されたものだそうです。

さすが、と思いました。

ついでに夏目漱石は、というと千円札の肖像画、これがいつのものかはわかりませんが、この先生はなにしろ享年49歳ということですから、どうあっても高々40代の姿なのですね。

これにはさらに驚きました。

明治時代とはいえ中には100歳近くまで生きた人はあったのでしょうが、なんといっても平均寿命という点では今と比較になりません。

まずは「五十路に入れるかどうか」という感覚が現在の「八十路に入れるか」という感じだったのではないでしょうか。

実際漱石はそこまで行かずに没しているわけです。

処女作『吾輩は猫である』が38歳のときですから三島由紀夫のように特別に早いデビューというわけではなさそうですが、最後の作品となった『明暗』は亡くなる直前の作品です(もっとも三島の方は45歳で自決し、最後の作品の擱筆日はなんとその当日というすさまじさですが)。

ともあれ、漱石はその間わずかに10年そこそこの間に国民作家、文豪として名を留める名作を描き続けた非常に密度の濃い生き方の人だったといえます。

五十歳まで生きられるかどうか、という時代にあって病弱だった彼は四十代であっても安穏とはしていられなかったことでしょう。

一心に原稿用紙に向かい、無理を重ね、生み出された名作が作家そのものを神格化させ・・・それがあのような貫禄と威厳に満ちた風貌を導いたのだと予想されます。

こう考えてくると、現在起こっている現象「百歳まで死のうと思っても死ねない、かもしれない」という感覚の中では生き急ぎ感は薄れ、還暦を過ぎても現役でいることは当然となり、あわよくばもう一花ふた花咲かせるぞ、というマインドセットはいきおい「貫禄の欠如」に行き着くのではないかと思われます。

ということは「いつまでも当然のように現役たることをやめない」ということが逆に貫禄に欠けた若造のような感覚を執拗に残すわけですから、これは今様にいえばいわゆる「アンチエイジング」なのかもしれません。

というわけで、自分の寿命、現役時間のおわり、といった瞬間を先延ばしにしながら暮らすことには(少なくとも私のような凡庸な人間にとっては)メリットもあるように思います。

貫禄と活動力のどちらを採るか?と言われたら私は迷わず貫禄を捨てたいと思います。

というか、人間とは所詮生かされている時代時代によって良くも悪くも「そんな風にしか生きられない」のかもしれません。


次回の更新は12/27(木)です。

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