2019/04/11 カテゴリ: つれづれ : 

〇〇にとって代わられる

今から40年前の1979年、日本のGDPは世界第2位、そして個人の所得は何と世界1位だったそうです。

『Japan as No.1』という外国の社会学者が書いた本がベストセラーになったりもしていました。

そのころの日本は工業原料を仕入れて製品を輸出するいわゆる加工貿易で豊かになっていた最後の時代でした。

安くて燃費良く故障も少ない日本車が米国に輸出され、おかげで米国の自動車産業が大打撃を受けたりしていたころです。

日本は「世界の工場」だったのです。

それから30年ほど経ってからの構図は変転し、世界の工場の地位は中国にとって代わられました。

そしてさらに現在では中国の人件費も高騰してきて「中国品=安い」という図式も薄まってきています。

中国もまた何かにとって替わられようとする段階にあるのです。

一方昨今では「AIにとって替わられる仕事」がやたらと話題になっています。

予想されている範囲はとても広く、コンビニの店員さんから自動車の運転、大学教授、弁護士といった仕事までが人間の仕事ではなくなるというのです。

実際既に、紙の辞書は電子辞書に変わって久しく、それも昨今ではスマホに座を奪われつつあります。

驚くのは同時翻訳などの機能で、昨日もある展示会で韓国の人と翻訳機を通じて難なく用事を進めることができました。

この場合は辞書というより、通訳という仕事が機会にとって代わられているのです。

こうなると、苦労して外国語を学習するということの意味も相当変わってくることはまちがいありません。

AIの性能はディープラーニングによって何万例、何億例の事例を短時間で学ぶことによって各段に進歩して行きます。

パターン認識も発達しますから、たとえばある画像から病気を診断すること、あるいは細かい手術などもできるようになる日は近いのでしょう。

つまり病態、病変といったものはパターン化できる以上、どれもAIの対象となり得ます。

一方健康の方はどうかというと、これはかえっていろいろな段階やパターンがありますから、疾病のように定義づけることが難しい面があります。

したがって「〇〇健康法」という形で万人に通用するものを提示することはなかなかできないのではないかと思います。

どんなにからだを鍛えていても、どんなにお金持ちでも「病気でない段階の自分」を把握することはできません。

つまり千差万別な個性や習慣が関係してくる健康状態(病気でない状態)に関してはAIがディープラーニングしようにもデータがないことになります。

というわけで、自分の身は自分で守るという課題ばかりは永遠に残ることになるでしょう。

AIにとって代わられる何か、を考えるよりも代わられない何か、を考えて行くことがより重要になる、「令和」はそういう時代の幕開けになるのかもしれません。


次回の更新は4/18(木)です。