2019/11/28 カテゴリ: 栄養素の常識・非常識・「脱」常識 : 

ピンチのりきり、あたらしい境地へ・・・

「進化に耐えて生き残ることのできるものは強い者ではなく、変化に対応できた者だ」ということはよく言われることです。

たしかに、現在のヒトよりも屈強な人類はあったようですし、動物でみてもサーベルタイガーやマンモス、恐竜やウミサソリなどはるかに巨大な身体能力を備えていた生き物は多々あります。

これと似たようなことをヒトについても思います。

たとえば最年少で横綱となり、怪童とよばれた北の湖関ですが62歳で亡くなる2週間前くらいに「立っているのがしんどくて仕方がない」と語り、最終的には多臓器不全で他界されました。

また無類の筋肉美と四肢のしなやかさを誇った千代の富士関も61歳でたおれる少し前には「きついなあ、きついよ」という言葉を発しています。

もちろん、大横綱としてお二人とも十分に充実した人生を全うされたわけですから、それについては感服するばかりです。

けれども、筋肉であったり筋力であったり、あるいは気力、持久力など、そういったものをおそらくはヒトという種の限界近くまで鍛え上げたとしてもそれが長寿と関係するとはいえないことはたしかです。

であれば、進化のもうひとつの法則である「変化に対応する」ということが多くの「普通のヒト」にとっての養生訓になるでしょう。

変化への対応というのは老化に対するものや、どうしても少し無理をしなければならないピンチに望んでの身の処し方などがそれにあたると思います。

また、ありふれた日常の食事や適度な運動にもそれなりに上手な身の処し方はあるはずです。

生まれたときの差は少なくても何十年か生きてくると個人差はどんどん拡大します。

ですから身の処し方もほんとうは個々人が会得する以外にないものです。

そんなことを考えながら、私自身いかに上手に身体を休めるか、神経や筋肉、内臓の疲れを癒やすか、あれこれ工夫に余念のない日々を送っています。

ここのところ信じられないくらいの忙しさに襲われて、途方に暮れることさえあったのですが、今日現在なんとかかんとかほぼ切り抜けられたかな、というところです。

不思議なもので、そうやってピンチを乗り切るとまたいくつかの新しい自分なりのあたらしい境地のようなところへたどりつけるものです。

最近のわたしの発見は、眠ることが「心身の修復に向けての大工事」と位置付けてみることでした。

どうすればエネルギーがうまくチャージされ、心身が癒されて仕事を再開できるのか?

眠る前にものを食べてはいけない、といわれているけれど本当かな?

眠る前にはスマホなど見てはいけない、といわれているけれど本当かな?

わたしがたどり着いた答えは「すべてケースバイケースじゃないか」というものでした。

もちろん、これはピンチのときの話なんですが・・・・


次回の更新は12/5(木)です。