2020/10/29 カテゴリ: 健康 : 

少なくとも長寿労働者としては「あの人たち」は、すごい

超高齢化社会が来るということは数十年前からわかっていたことです。

そのとおり、今日身の回りを見回してみるとそういう社会の中に住んでいることがはっきりとわかります。

こういう変化というものはしかし「何年何月何日からはじまった」ということがはっきりしておらず、じわじわと変わってくるということもまちがいありません。

ただ昨今私たちがもっている実感では「じわじわにしては変化がはやい」、そんな感覚です。

今後当分の間、高齢化はさらに速度を速めることがわかっていますから、街に出たときの風景がいま以上に高齢者の目だった様相になったとしても何等驚くにはあたりません(私自身も紛れもなくそのひとりです)。

一方働き方改革の一環として定年の延長が急ピッチで進んでいます。

これは年金の支給開始がどんどん遅くなっていることとも呼応しています。

私の年代(60歳+α)で最近多くなってきているのは「定年退職で一度引退はしたが、また働きだした」という知らせです。

一方、菅総理は71歳、トランプ大統領74歳、バイデン候補77歳、習近平氏は「少し若くて」67歳です。

(好き嫌い、あるいは支持するかどうかは別として)どの面々も世間並みに言えば引退年齢に属しますが、彼らはけた外れに慌ただしいスケジュールを分刻みでこなしながら前後左右からの無類のプレッシャーに対抗しています。

もう一つの特徴として、そういう人たちはいやいやそういう境遇にいるのではない、どころか「頼むからこの激務職で私を働かせてくれ」という過激な発信を絶やしません。

その動機は様々であるにせよ、どんなに高齢になろうとも「やってみたい仕事」に全身全霊の情熱を傾けるということが可能であることをたとえばこういう政治家の人たちは示しているように思います。

新型コロナや世界の大国の混乱は前代未聞の状態にありますが、この世相の第一線に登場している「現役高齢者」は奇しくも健康と寿命のもつ可能性を強く体現している存在としては、見過ごせない価値あるもののように思われます。

やや大仰に言ってみれば、引退するしないという問題はすでに個々人の自由意思に任された、たいへん奥の深い哲学的な問題といえると思います。


次回は11/5(木)に更新の予定です。