2021/07/22 カテゴリ: つれづれ : 

エビデンス、エビデンスというけれど・・・!

科学者は本来実証性をベースとして物事を論じる人のことですが、当然ながらそこには様々なレベルやタイプの人があります。

「レベル」については一概に言えませんが「タイプ」の方は二つあるのではないかと私は密かに思っています。

一つ目のタイプはとにかくエビデンスを中心に物事を論じる「科学者」です。

彼らはエビデンスのないものについては一切認めないし、言及もしない、論ずることもしない、という立場を堅持します。

物事を分析的、演繹的に考えて行きます。

以前ドイツの高名なL-カルニチンの研究大家とウマに対するある作用について話していたときのことです。

私が「ではこういうケースでL-カルニチンを投与すれば身体の負担は軽減されるはずですね」と尋ねると先生は「いや、ウマに聞いてみないとそれはわからない」と真顔で言われました。

彼がどこまで本気でそういう表現をしていたのかはともかく、私の意見にたやすく同調しようとはしなかったその態度に接して「ドイツの実証哲学」といったものものしい言葉を連想してしまいました(そしてたぶん私にはそれが足りないのだな、とも・・・)。

しかしこの種の科学的ロジックの積み上げなしにロケットを飛ばしたりIT技術を発展させたりすることはもちろん、私たちの生活にある非常に多くの発明は存在しなかったことは確かです。

さて、もうひとつのタイプは「想像」を交えて語る科学者です。

こちらはしばしばエビデンスの重点が軽くなる場合もあるのでやや注意が必要です。

さきほどロケットやITがエビデンス重視の科学と申し上げましたが、これは主として物理学を中心とした分野を指しています。

ニュートンやアインシュタインが考えた精緻な理論が人工衛星を飛ばす上には絶対に必須なのです。

一方生物学はどうかというと、エビデンスだけですべてを説明しつくすことができない場面が非常に多いのが特徴だと思います。

ですから想像力が幅を利かせる余地が多くなり、エビデンスのあること以外認めないという立場を押し通すと「たいしたことは何も言えない」という矛盾につきあたります。

あと数百年か数千年後の科学は生物についても完璧にエビデンスに基づいて理解できるようになるかもしれませんが、現代の科学と生命の摂理との間にはまだ非常に大きなギャップがあることは認めざるを得ないと思います。

新型コロナはそのような「科学とエビデンス」の関係について改めて大きな問題を投げかけています。

昨今は「感染のエビデンス」といった言葉が金科玉条のように政治や経済の分野でも賛否の立場から持ち出されることが多くなっており、いわゆる専門家もその圧力に逆に気圧(けお)されているのではないかと思います。

たとえばマスクや手洗いの有効性、PCR検査の解釈、mRNAワクチンの副反応などについては物理学者のいうような意味においての「エビデンス」はほとんど示せていませんが、それは医学や生物学の専門家のレベルが低いのではなく「生き物」の方があまりに複雑だからです。

つまり今のところ「物理学に言うエビデンス」と同じニュアンスで新型コロナのエビデンスを語ることには非常に限界がある、その限界を認めた上である程度想像力で語ってゆく部分がないと事が進まないということです。

そんなわけで、私は昨今何かといえば「エビデンスがないじゃないか」と言いながら論敵をマウントしようとするコメンテーターたちのやり口に少々うんざりして来ています。

そのことは「科学的な態度を外れる」ということとは関係がありません。

他方、めいめいの知力と感性で情報を読み解きながら想像力をもとに仮説を立てること、そして不足部分を補って行くというやり方は別に科学を修めていない人(政治家や経済人、一般市民)にもそれなりに可能なことだと思います。

「専門家は科学的でエビデンスを知っている。だから間違わない」という思い込みを取り去ってさまざまな報道を選別する、そんなリテラシーがかつてなく求められていると思います。

現在の政治は東京オリンピックをまさに想像力を主軸として乗り越えようとしているように見えますが、可能なかぎりの科学的エビデンスを交えながら結局最後にはどうなるのかを見守ることになります。

これは新型コロナが数年後、数十年後にどんな災厄をもたらすのか?ということについても見守るしかないのと同じことです。

大過なく五輪が終えられる可能性は高い、ワクチンによる将来の被害も完全な杞憂に終わる可能性が高い、そう強く念じたり信じたりすることを基本として現在の生活はあります。

こんな壮大な規模の賭けが行われたことは人類史上初のことです。

そう思えばわたしたちは皆たいへん興味深い歴史的タイミングの中で生きていることなります。

確実に言えることは今日の想像力主導の巨大な実験が将来の貴重なエビデンスに変化して行き、人間はまたひとつ賢くなるだろうということです。

次回の更新は7/29(木)です。