2022/05/26 カテゴリ: つれづれ : 

他人はあなたが思うほどあなたのことを注目なんかしていない

残念ながらここのところ有名な芸能人の方の訃報に接することが多く、またそれに対するコメントもたくさん目にします。

かつて三島由紀夫が壮絶な方法で他界してしまったとき、思想家の吉本隆明さんは『暫定的メモ』という手記を発表し次のように述べています。

「才能ある文学者には、才能あるものにしかわからぬ乾いた精神の砂漠や空洞があるかもしれぬ。わたしにはそれがわからぬ。」

これは吉本さんが相当考え抜いたところで行き着いた一種の諦念なのだろうと思います。

一方昨今の日本では不意にこの世を去ってしまう若者が増えていることも問題になっています。

また先進国三十数か国の若者について調査した結果健康状態は日本は第一位だった一方、生きがいや希望を感じている人の割合は下から二番目だったそうです。

生きがいを喪失している状態ではたして「健康」と言えるのか(言えないと思いますが)とりあえず健康を肉体的なことと精神的なことに分離すればそのようになるということなのでしょう。

自ら命を絶つということはよほどの決断がいるはずですが、この根本のところには「他者や社会からの眼」ということが大きく影響しているように思います。

自分の思う自分のステイタスのようなものがさまざまあり、それにふさわしい自分が演じられなくなったときに自己肯定感が激減したり絶望したりするのではないか。

一流の文学者や著名な芸能人などは全力で出力し続ける事が求められるでしょうから、そういうレベルを維持し続けるエネルギーは相当なものになると思います。

ですが、全く有名でない人であってもその人なりの世間体、世間の眼があり、それと自己評価するところの現実のギャップが大きすぎると感じられれば折れてしまうということがあるのかもしれないと思います。

かつて私の知人がピンチに陥ったとき奥様からなげかけられた「あなただけが苦労することないんじゃない?」という何気ないひとことで霧のように重い気持ちが消えて行ったと聞いたことがあり、なるほどと思ったものです。

(わるいけど)他人はあなたが思うほどあなたのことなんかに注目し続けているわけではないよ、ということ。

これは著名な芸能人にしても(悪いですが)三島由紀夫にしても結局同じことだと思います。

意外な訃報に出会って「やっぱり」と思うよりも「え、何で!?」と思う人の方が多いのです。

自意識は大切なことですが、これが過剰になっていないかどうか、そういうことをズームアウトしながら時々考えてみたいと思う今日この頃です。
次回の更新は6/2(木)です。