2022/07/21 カテゴリ: つれづれ : 

ロボットとヒトとのちがい(2)

前回ロボットとヒトとが決定的に異なる点として「単純にクローンを残すということではなく恋愛情念に基づく遺伝子の融合による「親に似ているが完全に同じではない存在」を生み出しながら何世代も生き残って行くという能力」を挙げました。

これはいわゆる有性生殖という方式で子孫を残し、種を保存して行くということでヒトに限らず多くの多細胞生物がこういう本能を持っています。

ロボットの場合作られてから長時間経つとどこかのパーツが摩耗したり破損したりしますが、部品を取り換えることによって元の通りに復元します。

けれどもヒトの場合、全く元の通りに復元するということがありません。

成長期を過ぎれば、昨日よりも今日、今日よりも明日は確実に老化しています。

老化というのは生物が個体としての滅びに向かうことに他なりませんが、これによって逆に種としての存続能力を高めることができます。

とくに微妙に変化して行く地球環境に応じて適した生存能力を編み出してゆくためには現在と同じものを再生産するという方式ではおのずと限界があり、それが優れたものであるかどうかは別として今とは少しだけ異なる個体を作り出すことに意味が出てきます。

その為に有性生殖という方式が大きな威力を発揮します。

有性生殖の世界をうんとズームインして見てみれば精子と卵子という「ふたつの単細胞」が細胞融合し、遺伝子をシャッフルするという生命イベントが見えてきます。

この遺伝子シャッフルはほぼ確率に任されていますので、どういうものができてくるかは生まれてみなければわかりません。

ただし、もとになる素材は両親のものですから次の世代がどういうヒトになるかはある程度の幅の中で決まってきます。

これが兄弟の差にあたるわけです。

こういった微妙な差異が世に放たれることによって淘汰されてしまう場合もありますが、有利な形質として生き残って行くこともあります。

このように物理的な身体の構成(ハードウェア)から脳(ソフトウェア)に至るまでの微妙な多様性を生み出すことはロボットには到底無理なことです。

もっともこのような一定の幅の中での多様性を保ちながら再生産を行う方式はヒトに限ったことではなくすべての多細胞生物に見られることです。

ヒトの場合、そこにさらに微妙な恋愛感情といったものに社会性も加えながら子孫を残すべきかどうかを察知して行く能力が加わっています。

先ごろインドの人口が中国を抜くという話がニュースに出ていましたが、その一方で日本をはじめとする多くの国が少子化しています。

これなどを見ていると子孫を残すべきかどうかという判断そのものがその時々のものすごく大きな種としてのヒトが地球規模で生存をかけて調節しているのかもしれません。

もしそうだとすれば種を保存する本能は個体に備わった共通性のみならず集団としての傾向のレベルでもコントロールされている可能性があります。

ヒトそものもがそういうことを意識的に行っているとは思われませんが、いずれにせよ集団としての雰囲気まで含めた生存戦略をとるといったことはロボットにはどうしても無理なことです。

次回は「超精密」ということについてロボットを引き合いに出して考えてみたいと思います。
次回の更新は7/28(木)です。