執筆者の紹介

王堂 哲
ロンザジャパン社勤務。

L-カルニチンに限らず、すぐれたサプリメントがきめ細かく研究され、正しく用いられながら日本人のQOL向上に役立つことをテーマとして活動している。


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2018/01/18 (9:00 am)
さまざまな食品の中に、さまざまな健康によい成分が含まれています。

例えば青魚には血液をさらさらにするω-3脂肪酸(DHA/EPA)が含まれています。

肉の赤身には脂肪燃焼に不可欠なL‐カルニチンが含まれています。

サケの切り身には活性酸素を消去してくれるアスタキサンチンが含まれています。

鶏の胸肉には疲労に効くヒスチジンペプチドが含まれています・・・・

これらは、どれもその通り、事実です。

この調子で、ナッツ、納豆、温州みかん、赤ワイン、コーヒー、海藻、ニンジン、キノコ、乳酸菌・・・と挙げてゆけば本当にきりがなく、結局のところ「一日30種類以上の食材を採ることを目標にしよう」といったところに落ち着いたりします。

こんな「食材Aには有効成分Bが豊富に含まれている」ということの続きに来る言葉の代表格に「しかし、有効量を摂取しようとするとシイタケを毎日700グラム摂ることが必要だとか、ブロッコリーなら10キロ要る」などというものがあり、最後にはそんなに食べることができないのでサプリメントの形で採りましょう、となります。

また中には手のひらサイズのステーキ、サケの切り身ひと切れ等々、そこそこ常識的な量を食べればよいとされるものもあります。

しかしその場合でも毎日食べ続けるとなるとどれも非現実的です。

もちろん何かに特化したサプリメントを継続摂取して様子を見守ることには十分な意味があるのでしょうが、それにしても10種類も20種類も長期にわたって飲み続けることは経済的にも物理的にも無理があります。

だとすれば、こういった食品情報や成分知識についての蘊蓄(うんちく)には利用価値がないのでしょうか?

それについて私は、次のように思います。

食事は一生涯だいたい一日に3回、なのでたとえば10年であれば約1万回超になります。

これだけの回数になると「何を食べるか」ということについて個人差がそれなりに発生しても不思議ではありません。

例えば私は今年60歳になりますが、ここから先の1万回で何を食べるかはその先の10年間にかなりの影響を与えることは確実でしょう。

食生活というのは本来完全な個人の自由に任されていますから、1万回の食事をするということは1万回の選択(大げさに言えば決断)をしていることになるわけです。

このときに甲、乙、丙という選択肢があれば「最も健康上好ましいとされているもの」と「どちらかといえば問題とされているもの」の中でそれこそ甲乙がつくと思われます。

そう考えると、常にある3択や5択の中で常に「どちらかといえばこれがよい」ということを知っているか無知であるかということの間には大きな差が出てくるに違いありません。

これはサプリメントの選択についてもいえることです。

こういった膨大な数の積み重ねにおいて、健康知識はやはり個々人のQOLに大きな影響を持っているに違いありません。

というわけで「●●には○○が豊富に含まれている」といった情報に対しては一応それらを心得ておいて、選択の場面に際してパッと思い出して有利な方を選ぶという、いわば「ゆるやかなよい選択肢」を積み重ねる習慣が大事だと思うのです。

まだ「一年の計」には間に合う時期ですので是非そんなゆるやかなイメージをもって今年をお始めになってはいかがでしょうか。


次回の更新は1/25(木)です。
カテゴリ : つれづれ : 
2018/01/11 (9:00 am)
新年明けましておめでとうございます。

おかげさまでこのブログをはじめてから今年の二月でなんと干支が一巡することになりました。

戌年の私はその二月で何を隠そう「還暦男」です。

「昭和の年齢」でよく引き合いに出されるサザエさん一家の磯野波平さんは54歳だそうですから、それよりも6歳も年長ということで、これはちょっとげんなりします。

還暦といえば赤いちゃんちゃんこ、ですが、どうも私はこれが苦手です。

というのは最近なにかの余興のようなところで無理やりそれを着せられる人を毎年どこかしこで目撃するのですけれど、悪いですがどなたも「まったく似合っていない」。

理由は明らか、いずれもひとえに「若すぎる」のです。

現代の感覚からいえば、たとえば傘寿(八十歳)などでちゃんちゃんこ、というのがちょうど良いのではないでしょうか。

ついでながら先の波平さんのプロフィールをウェブで拾うと「・・・趣味はたくさんあり、囲碁、盆栽、釣り、俳句、骨董品の収集などなど・・・」とあります。

当時の会社の定年は55歳ですから、それを一年後に控えた人物描写としては趣味と言っていかにもそういう感じだったのだなあと思います。

サザエさんの連載が開始された翌年昭和22年の日本人の平均寿命は50.06歳、現在のそれは80歳を超えているわけですから、波平さんは今様に言えば81歳くらいの気構えであったかもしれません。

まあ年頭初回のブログが年齢のことばかりで恐縮ですが、今回ばかりは自然とそちらに意識が向いてしまうようです。

一日でも体調の良い日をたくさん確保して充実した一年にしたいものだと例年にも増して気分を一新しているところです。

どうぞよろしくおつきあいくださいますように、そして、健康いちばんでつつがなくお過ごし頂けますように!


次回の更新は1/18(木)です。
カテゴリ : つれづれ : 
2017/12/21 (9:00 am)
先週の月曜日の午後に用事を終えて新大阪から新幹線に乗って東京方面に向かいました。

まったく普通に京都を過ぎ名古屋までは定刻に到着したのです。

が、そのあとなかなか列車が発車せず「ただ今車両点検中」とのアナウンスが数回入りました。

そうするうち、ほどなく「別の列車に乗り換えてください」との通告。

遅れた時間そのものはさほどでもなく、私自身もその後順調に目的地の新横浜に到着したのですが、その車両が大いに問題でした。

翌日に「新幹線始まって以来の重大インシデント発生」との報道があり、当該の車両はなんとそれから数日の間名古屋駅の番線に留め置かれたのです。

9日を経た昨日(12月20日)の新聞には「あと3センチで台車に破断、大脱線の恐れがあった」との詳細なレビューがあり、紙面にはJR西日本の役員の人たちが頭を垂れて謝罪する写真が載っていました。

2005年にJR福知山線で車両が脱線して近隣のマンションに突っ込み前代未聞の事故があったことも記事の引き合いに出されていましたが、もう少し故障の発見が遅れていたら他ならぬ自分がさらに大きな事故に巻き込まれていたのかもしれない、そうと思うと改めて背筋が寒くなる思いがしました。

ただ私は今度のことを通じて健康問題も同じようなものだと思いました。

少し異常があると気付いても「まあ大丈夫だろう」とやりすごし、やがて大きな破たんがやってくる。

そしてそのような破たんは(新幹線の台車がそうであったように)少しづつの負荷の積み重なりが一気に表面化してくるのだと思います。

身体の中の筋肉のどこか、関節のどこか、神経や血管のどこかにもしかしたら今この瞬間にもダメージが進んでいるかもしれない。

そこで大切なことは「あれ?ちょっとおかしいかな?」という感受性だと思います。

もちろん健康診断の数値というものもありますが、件の事故車両にせよかなり直前の検査で異常なしとされていたといいますから、やはり異音や異臭に最初に気づいた「岡山あたりでの処置」を自分の健康管理でも行うことが重要なのだろうと思います。

これからいよいよ年末年始の歳時に入って行きますが、みなさま方におかれましてもくれぐれも用心なされますよう。

さて、まだ少し早いですが28日はお休みを頂きまして今年はこれにて筆おさめとさせて頂きます。

新年第1回目は1月11日からお目にかかりたく思います。

今年もこのブログに最後までおつきあい下さいましたこと、改めて厚く御礼申し上げます。

それでは良いお年をお迎えください!


次回の更新は1/11(木)です。
カテゴリ : 健康 : 
2017/12/14 (8:30 pm)
体調が良いときにそれを意識するというのはまれにしか経験しません。

一方体調がイマイチだなと感じるときはすぐにわかります。

私も最近、今日はかなり身体がきついなと感じることが増えてきたように思います。

ただ、そういうときには過去2−3日あるいは1週間ほどの生活状況を冷静に振り返ってみると何かしら心あたりのある記憶に行き着きます。

手帳など見返しつつ、ちょっとした深酒、睡眠不足、出張などで重い荷物をかついで長距離移動した、少しきついめのマッサージを受けた、椅子から立ち上がるときに机でひざをぶつけた・・・などなど思い当たるふしはあります。

こういったことは即座に自覚症状としてあらわれることは案外少なく、翌日なり翌々日なりに痛みや疲労感となって現れることが多いようです。

うんと若い頃にはこういうことは難なく毎日の睡眠時間中にきれいさっぱりクリアされていたのでしょうが、加齢によって2日、3日と症状の出現や消失に時間がかかるようになってくるようです。

深酒はともかく、睡眠時間や時差のある出張などは多くの場合やむを得ずそうなるわけですから、それに対する作戦はできるだけ速やかにリカバリーをはかることしかありません。

こうやって体調をやりくりしながら日常を切り抜けてゆくなかで、重要なことは以下のようにまとめられると思います。

・注意深く心身の状態を観察すること
・原因を探して見つけること
・その原因に見合う対策をとること(睡眠の取返し。栄養のバランス調整など)

とくに「原因探し」については見過ごされがちですが、やってみる価値は十分にあります。

いくら探しても原因がわからないときには速やかにクリニックで調べてもらうことになりますが、その場合でも「自分の身体の具合に注意深く耳を傾けること」は基本になるでしょう。

こういったことは当たり前にも思われますが、同年代で亡くなってしまった友人などの例を見ていると「無理を重ねて崖っぷちを超えてしまった」ということが現実に起きているようなのです。

くれぐれもご用心、ご用心。
カテゴリ : つれづれ : 
2017/12/07 (9:00 am)
何度思い知ってもやはり同じことですが、時間のたつのがあまりにも早く感じられます。

仕事で使っている手帳(私は古典的な手帳派です)を繰り直してみると毎日毎日ぎっしりと「用事」が入っています。

というか、1年が終わってみると「用事」はすべて「記録」と化しています。

日々メールでのやりとりをこなしている中、考えてみればメールというのはほぼ「他者との約束ごと」で満たされています。

つまり手帳にぎっしり残っている記録はそんな約束事に対する対応の記録でもあります。

もちろんそれらは私から相手の方にお願いをし、それに応えて頂いた記録もたくさん混じっています(お世話様。感謝感謝です)。

一週間に、一か月に、一年間に、いったいどれだけの人との間にどれだけの約束事を交わしたのか、いささか気が遠くなりそうです。

仕事の上での約束事は当然ながら納期を伴います。

時間はたいていこの納期を基準に動いているようです。

そこで被害を受けているのが「納期のないミッション」です。

「自分の自分による自分の為の納期」というものはどうしてもきちんと設定できなかったり、守れないままに時間ばかりが流れて行きます。

もちろん生活の糧を得るために働くということの優先順位が高いことは百も承知ですが、もはや待ったなし!で自分のためのミッションに現実的な納期を設けてゆかなければなあ、といつになく強く思うこの頃です。

前回書いた同窓会で抱いた感想しかりで、時間は有限、というか心身ともに随意に安寧が保たれている時期というのは寿命とは別の「現に保有している貴重品」にちがいありません。

今年はぜひ来年に向かっての「助走の時間」をこの師走にしっかりと確保したいものだと思っています。


次回の更新は12/14(木)です。
カテゴリ : つれづれ : 
2017/11/30 (9:00 am)
先週の祭日は慌ただしさにかまけて突如ブログをお休みしてしまい申し訳ありませんでした、改めてよろしくお願いいたします。

さて若い頃、といっても20代から40代くらいまででのことかもしれませんが、例えば同級生の誰彼とたまに会ってもそれほど昔と印象が変わらないという気がしていたものです。

そんな中、先日高校時代の同窓会がありました。

面影がほとんどかわらない人がいる反面、まったく昔からは想像できない風貌の人もいていろんな感慨を覚えました(自分のことはいったん棚に上げての話です)。

恩師の方々が6名参加されていました。

ほとんどの方が80代、しかし皆さんお元気でした(この前までこのブログでご紹介した体温測定健康術を教わったのもその中のおひとりです)。

もちろんすこぶる懐かしく、楽しいひと時はあっという間だったのですが、漠然と抱いた感想、それはこれから先はもっとこまめに会わないといけないな、というものでした。

昔の印象があまり変わらない間にいろいろ話しておきたいことも多いように思われたからです。

人間は対数的感覚で齢をとるといいます。

85歳でも100歳でも若い人からみればあまり差がないという意味です。

それは確かにそうですが、実際還暦付近の年齢になり、その先までの時間を推し量ってみると別に対数的でもなく、かなり直線的というかむしろ老化の速度は指数的に早まるのではないかという気がしてきます。

現在80代でお元気な恩師の方々があと10年後はどうだろうと考えると、なかなか複雑な思いがこみ上げてきたものです。

いまさらながら今回還暦付近からどのようにスローエイジング(slow aging)に転じられるのかが健康寿命を実現してゆく上での腕の見せ所だと思った次第です。

見かけの若々しさは身体状況の若々しさを反映しているということは昨今の研究でも明らかになってきています。

逆に言えば見かけの若々しさを保つように工夫努力すればそれが内面のコントロールにもつながるということになりそうです。

上手く行くかどうかわかりませんが、私もいよいよそんな年代に入ってきたのだな、と、そんなこんなを改めて感じた同窓会ではありました。


次回の更新は12/7(木)です。
2017/11/16 (9:00 am)
「風邪をひいたときには思い切り汗をかくと熱が下がる」という話があります。

これは経験された方も多いのではないでしょうか。

汗は熱を下げるために皮膚から出てくるものです。

だから汗をかくと熱が下がる、と思われますが、これが今回の体温の実験をやってみて「ほんとかな?」に変わってきました。

今の私の考えはこうです。

体温が上がる ⇒ ウイルスが弱体化する ⇒ 風邪が回復する ⇒ 熱が下がる

細胞培養という実験をするときに培地をシャーレに注ぎ込みますがこの操作をする前にガラス瓶に入った培地を56度のお湯に30分くらい浸けておきます。

こうすることによってウイルスを滅菌することができるからです。

これは非働化という一種の低温殺菌法です。

体温を上げるということはこういった低温殺菌をしているのと同じ効果があるのかもしれません。

もちろん体温が上がりすぎることは防がねばなりません。

それで発汗がおこるというわけでしょう。

ですから「汗が出ることで風邪が退散する」ということではなさそうです。

熱いお風呂に使って体温を上げる人体実験をしてみて発見したことは、体温が38℃を超えると猛烈な発汗がはじまるということです。

運動をして汗だくになっているときの体内温度も38℃を超えているということなのかもしれません。

今度一度体温を測ってみたいと思います。


次回の更新は11/23(木)です。
2017/11/09 (9:00 am)
体温が38度を超えても特にだるさもしんどさも感じない、ということを前回お話ししました。

一方カゼひきの時などに38度の熱が出るととんでもないと思います。

また37度5分くらいの微熱でもけっこうしんどさを感じることはあるものです。

これらの「疲労感」の正体が熱ではないとするといったい何が原因でしょう。

仮に、感染してきているカゼのウイルスが原因なのではないか?と考えてみましょう。

カゼのウイルスが感染きたときに、宿主(カゼをひいたヒト)が全く疲労を感じずに出歩いてしまったとしたら、そのウイルスはヒトの集団に蔓延することになります。

この状況はウイルスには有利、ヒトには不利です。

つまりカゼウイルスを感染させないために脳の中枢が疲労を呼び起こして宿主をぶっ倒し、寝床に伏せる状態にしてしまえば集団を守ることができます。

そのときに発熱させることによってウイルス(一般的に熱に弱いものが多いようです)を抑えこむこと、これが宿主の第二戦略だと考えることはさほど無理がないと思います。

ですからカゼひきになると出歩かず、発熱するにまかせてウイルスを撃退していればそのうち快癒してくる、というのが自然な成り行きだということになってきます。

もしここで、解熱剤を安易に飲んでしまうとどうなるでしょうか。

もちろん感染して来たウイルスはほっとすることになるでしょう。

さらに抗生物質など飲むと(通常の抗生物質は細菌にダメージを与えますがウイルスには無効です)ウイルスにとっては痛くもかゆくもない、逆に腸内細菌がいためつけられてしまいます。
このように考えてくると、カゼひきで熱が出たというときに抗生物質と解熱剤を服用するということはせっかくの生体防御のしくみを相当だいなしにしてしまうことがわかってきます。

熱いお風呂に入って体温を上げる実験をしてみたことから意外にも重要なことに気づいた、というのが今回のブログでご報告したかったことなのです。


次回の更新は11/16(木)です。
2017/11/02 (9:00 am)
お風呂に入るときに水銀温度計タイプの体温計を持って入ります。

湯船につかってから、その体温計を口にくわえます(できれば水銀溜めの部分が全体的に口腔内の皮膚に密着する舌下などに固定するようにします)。

温度をやや熱めの設定にしてしばらく経つと、さてどうなるでしょうか?

ヒトの身体の60%は水とみなせます。

体重60キロの人であれば36キロ(つまり36リットル)の水のはいったタンクと同じです。

これは灯油缶2つ分と同じ分量です。

お風呂の湯船にあるお湯の熱が、他に放熱しないですべて身体に移行するとした場合、160リットルのお湯の温度が0.45℃下がるだけで体温は2℃上昇する計算になります。

ともあれ、はじめ36℃だった体温が2℃上昇するということは38℃になるということです。

実際にやってみればわかることですが、十数分で体温計は38℃になります。

私の場合平熱が36.5℃くらいですから、体温はあっというまに38.5℃以上にもなってしまうわけです。

頭部はお湯の外に出ていますから口腔内の温度が38.5℃になっているのであれば、水没している体内のすべて(血液も内臓も、おそらく骨も)それと同等か以上の温度になっていると考えられます。

ふつうカゼでもひいて体温が38度5分になったとしたら、これはもうぶっ倒れて床に臥すという状態です。

ところが、この実験をしてみたところ身体はふらふらでも何でもありません。

まったく普通の、むしろよく発汗して気分がよいのです。

これは驚きです。

この驚きの本質がどこにあるのか?

次回はそのことについてお話ししてみたいと思います。

PS:もし、この体温計の実験を早速やってみようという方がおられましたら、ひとつだけ注意点を。入浴の前にぬるめのお湯をコップ一杯飲んでからにしてください。発汗による脱水を防止するためです。


次回の更新は11/9(木)です。
カテゴリ : つれづれ : 
2017/10/26 (9:00 am)
昨年でしたが、ひどい五十肩になってしまいほとほと困って整形外科医に行きました。

よくある五十肩の場合はレントゲンを撮り「映像を見た限りで異常はない」と判断され、筋弛緩薬と痛み止めの処方箋が出て時間が経てば治ると言われて終わるのが通例だと思っていました。

はたして実際に受診してみるとまったくその通りで、レントゲン写真を見て異常なし、時間がかかりますがそのうちよくなるでしょうと言われ、筋弛緩薬と痛み止めの処方箋が出ました。

もちろんおかしな筋肉の断裂や骨に異常がないことなどがわかってほっとはしたのですが、あまりに型どおりの展開に少しがっかりする面もありました。

現代日本の医療は国民皆保険で3割か1割の自己負担で施療が受けられるようになっています。

このおかげで世界一の長寿大国が実現していることは周知の事実です。

保健医療を成立させているものは厳格な「ガイドライン」というしくみです。

問診や視診などによってざっと診断し、検査によって診断を確定し、それに基づいて施療や処方箋の発行が行われる、そして処方箋に基づいて調剤薬局で医薬品を購入するという流れ、これらすべてが一定の「ガイドライン」に基づいてなされます。

これがないと、医師ごと、医療施設ごとに主観的な尺度で様々な措置がとられ、結果的に保健医療というシステムが持たなくなってしまいます。

主観的な医療判断を回避するためのしくみが「ガイドライン」というわけです。

たとえば、中性脂肪が151 mg/dLであれば異常149 mg/dLであれば正常と判断され、後者の場合に薬を処方したらガイドライン逸脱になるわけです。

しかし実際に数値が149でも151でも本質的な差はありませんがどこかで線引きせざるを得ないということです。

ところで、ある医師は「これはこういう原因でこういう症状が出ているんだな」と察知し「それなら〇〇の治療が良いだろう」と判断したとします。

けれどもそれがガイドラインにない措置だとしたらその施療は自由診療扱いになり、保険診療を使うことができません。

こういう医療の事情は学生食堂に似ています。

学生食堂には「日替わり定食」があって格安で空腹を満たすことができます。

けれども日替わりとはいえ、そのうち飽きてきてアルバイト収入などあればキャンパス近くのプチ高級レストランで少し高めのメニューを食べたりする日も出てきます。

この場合学生食堂の調理人さんは保険診療の医師、プチ高級レストランのシェフは自由診療の医師のような立場に喩えられます。

学生食堂の調理人さんだって自由な食材でメニューが組むことが許されれば相当のことができるはずです。

昔のように食材が乏しかった時代にはそれでも矛盾は起こらなかったと思いますが、選択肢が増えてくるとしだいに制限がきつく感じられるようになり消費者のニーズを満たすことが難しくなってきます。

この場合選択肢が増えてくるということには「食材が増えてくる(あたらしい医療情報が増えてくる)」ということと「顧客の嗜好性が洗練されてくる(より健康寿命に対する要求が強まってくる)といった二つの意味あいがあります。

先端医療技術やある種のサプリメントなどはそんな「ガイドラインの外」にある選択肢のひとつになってきています。

手塚治虫の名作『ブラックジャック』は超絶技巧の手術を施し、法外な料金を課することで有名ですが、彼が無免許医であることはともかくガイドラインを踏み越えて施療をすることに一種の哲学をもっていたこと、これがあの作品のベースモチーフのひとつになっていたのかもしれません。

その意味で非常に時代を先取りしたテーマだったように感じます。


次回の更新は11/2(木)です。

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