執筆者の紹介

王堂 哲
ロンザジャパン社勤務。

L-カルニチンに限らず、すぐれたサプリメントがきめ細かく研究され、正しく用いられながら日本人のQOL向上に役立つことをテーマとして活動している。


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2008/10/23 (5:45 pm)
世界広しといえども「納豆3パックvs.バナナ2本」と聞いて、ピンとくるのは日本人だけだと思います。

また、こういう話題について何か言おうという人があれば、その内容によってその人の思考回路、ライフスタイルまでが想像できると思われます。

例えば、たくさんの店を回ったけどどこも売り切れだった!明日は朝イチに回ってみる!と息せき切っている人の考えていること、3日やってみたけどもうやめたという人の性格、「特定の食品だけを偏って食べるのは健康を害する」という忠告の背後にあるもの、「その理屈には科学的根拠がない」という論理立て・・・などなど。

私個人的には納豆もバナナも子供の頃から好んで食べてきたものです。

これが、南洋諸島の珍しい果物だとか、聞いたことのないアフリカのハーブだとかいうことになれば、その成分に「クスリ」のような何かを想像して、そう簡単に飛びつく気にはなれません。









しかし、納豆もバナナも非常に親しみ深い。

特に納豆が健康によい日本の伝統食であることは有名な事実です。

そしてこれらのものは普通であれば簡単に、欲しいだけ、いつでも、安い値段で買うことができます。

適正価格もわかっています。

つまり安全性や経済性についての情報が予め豊富な対象だということになります。

また、納豆とバナナでは異なる点も指摘できます。

(1)納豆3パックを毎日食べるのはなかなか苦痛だ。バナナ2本を朝食として食べることにそれほど苦痛はない。

(2)納豆3パックを食べても胃袋が質量ともにバランスのよい食事によって満たされた、という感じがしない。かなり無理のある偏りを生じていることを直感的に思う。バナナ2本は常識的に受け入れられる量だ。お腹もまずまず心地よく膨れる。食べる手間もほとんどかからない。

(3)納豆3パックは、常識的な量を超えていると感じる。少々苦痛もあるが、食べられないわけではない。そのちょっとした苦痛を通じてその中にある特定の化学栄養成分が効能を表わすことを期待したくなる。バナナ2本の中にそれほど「シャープな効果をあらわす栄養成分」があるとは思われない。しかし「こなれ」がよく、午前中くらいを支えるエネルギーが得られる感じがし、消化管にもよいような気がする。

(4)どちらかといえばバナナ2本の方が継続しやすそうだ。
 
恐らくはこういう特徴があるため長短はさまざまです

が、消費者市場においてはそれなりのブーム期間を過ぎれば大抵沈静化します。

健康被害なども起こらないでしょう。

一方、こういう動きや心理に対して「一つものだけをたくさん食べること」に対する警告が必ず発せられます。

そういう正論もまた社会のバランス感覚的には必要なことに違いありません。

けれども、その正論のさらに先まで行ってみたい、という気持ちを私は持ってしまいます。

「納豆3パックダイエット」の欠点は、納豆に含まれる特定成分のメリットだけを説いてその他1日分の食のパターンやバランスについて何も助言していないところだと思います。

それに比べれば、「朝バナナ2本ダイエット」の方は、その後の昼食や夕食のとのバランスにもある程度考察が及んでいます。

そして、少なくとも「朝食抜き」よりは「朝バナナ2本」の方がよいということも経験的に肯定されやすいのでしょう。

ですから、このような健康、ダイエットと食が結びつくケースもすべて「おろかなブーム」と片付けてしまうのではなく、その内容についてもう一歩だけ突っ込んで考えてみることは無駄ではないと思っています。

私はといえば、納豆1パックを時折朝食に食べることは日本人として生まれたことの至福として絶対手放したくはないですし、また実際ゆっくり朝食を摂ることのできない朝に、バナナ2本のお世話になることは大いにあり得ることだろうと考えています。

次回の更新は10/30(木)です。
2007/04/06 (1:00 pm)
さらにリバウンド現象というものを考えてみると、「無くなってしまった方がよいようなサプリメントが実在する」ということもまた、事態を複雑にしています。

つまり、きちんとものをみて判断しなければ、どの論理がどの現実を批判しているのか、まったくわからなくなり、事態はより一層混乱してきます。



私は、このような観点から、「あるある大辞典」が放送中止となったことだけによって、その混乱が本質的に改善されたといえるのかどうか、その点で大いに疑問が残っていると思っています。

(つづく)次の更新は4/10(火)です。
2007/04/03 (4:10 pm)
また逆に、一部の健康番組のあり方が徹底的に批判されることによって、同時に「本当はすぐれた番組」が自粛されてしまうような風潮(ある種のリバウンド現象)が出てくるのも、困ったことだと思われます。



特に、フードファディズムのリスクを単純に強調する傾向のある人の中には、このような風潮を歓迎する人がいるようです。

「バランスのよい食事と適度な運動をしていれば、サプリメントなどはできれば世の中からなくしてしまった方がよい」、といった極端な考えに立つ人も少なくないのです。

(つづく)次の更新は4/6(金)です。
2007/03/30 (12:00 pm)
そんなことは許されない、と世論が動き、番組が放送中止となったことは周知の通りですが、本当を言えば、そのような情報に踊らされてはいけない、というメッセージを視聴者に投げかけることが、もっと重要ではないかと思いたくなります。

私は、元来、性悪説に立って人を見ることはしない方ですが、それでも襲ってくるリスクに対しては、自分から現実的に対処するしかないと思います。



例えばコンピュータウイルス対策として、セキュリティソフトをインストールすることが、PCを駆使する現代社会人においては、当然の作法とされていますが、それと似ているかも知れません。

(つづく)次の更新は4/3(火)です。
2007/03/27 (1:00 pm)
なぜ、そう簡単に「何かが身体によい」と信じてしまうのでしょうか?

そこには、「信じ込ませるテクニック」というものがあるはずです。言ってしまえば「科学の装いをもたせること」、「権威のある人が語っているように見せかけること」、そのようなテクニックです。



今般問題になった「あるある」のケースでは、納豆の効用を「外国の学者(権威のありそうな人)」が説き、「適当に編集して流す(科学の装いをもたせる)」、という典型的な「信じ込ませるテクニック」を用いたパターンでした。

それによって、潜在的フードファディスト(一般市民)が、本物のフードファディストの大集団を形成してしまう、ということが実際に起こりました。

(つづく)次の更新は3/30(金)です。
2007/03/23 (1:20 pm)
フードファディズムがもたらす危険パターンとしては、「絶食や偏食」のリスク、および何か機能性のある食品を食べ過ぎたことによる「機能性食品の過剰摂取」のリスクに分かれると思われます。いずれにせよ、何かを食べる、ということに関して考えてみると、多くの場合「食べる量」と密接な関係があります。

絶食や偏食の方は、基本栄養素が不足する栄養失調の状態に陥りやすいので、本人にも自覚しやすいかもしれません。



しかし、機能性食品の過剰摂取は曲者で、その背後には常に「身体に良いものはたくさん食べるほど効果がある」という発想が潜んでいます。

(つづく)次の更新は3/27(火)です。
2007/03/20 (1:30 pm)
「マニア」とはある意味では「違いがわかる人」だと考えれば、「ファディスト」は「妄信する人」という感じがします。

つまり、それを信じている人自身、ものが見えていないという状態です。



フードファディズムの場合、そこに何らかの商業主義とか悪意が差し挟まれれば、これは情報操作、扇動といったことにもつながります。

たとえば、ファッションだとか芸能情報だとかの単なる無垢な流行ならばともかく、食品の場合には健康を害してしまうということにつながる、ここがいちばんの問題なのだと思います。

(つづく)次の更新は3/23(金)です。
2007/03/16 (12:00 pm)
また、仮にフードマニアやフードオタクという言葉である種の人を呼んでみても、それはむしろ「食通」とか「美食家」とかむしろポジティブな意味合いも帯びてきます。



逆に、フードファディズムという言葉からは、「その人たちの勝手」として放っておけない何かネガティブなものが感じられます。

しかし、その風潮は、ちょっとした啓蒙によって改善されるのではないか、という期待を抱かせます。

(つづく)次の更新は3/20(火)です。
2007/03/13 (12:20 pm)
辞書を引くと、“fad”は「流行かぶれ、気まぐれな物好き」と出ていますから、別に食品に限らず、あらゆる流行を追う風潮は、「○○ファディズム」といっていいのだろうと思います。

たとえば、「外国かぶれ=外国ファディズム」とか「ブランドかぶれ=ブランドファディズム」とか。



しかし、それらは、オタクとかマニアとかそういうニュアンスとも接しているようであり、全体としてみれば、好きな人は好きなのだから、何にかぶれようが所詮は人の勝手である、という感じがあります。

(つづく)次の更新は3/16(金)です。
2007/03/09 (3:40 pm)
名前のなかったものに名前がつくということは、その後の議論に大変便利なことであるとともに、姿が見えず不安でしかたがなかった魔物の正体が、はっきりするような安心感もあります。

最近になって「フードファディズム」と呼ばれるようになった現象は、実は昔から巷にあふれていました。私はなぜそのようなことがおこるのか、ということにも常々興味を持ってきました。



そして、今回の番組捏造事件は、そのことを改めて考える機会となりました。

(つづく)次の更新は3/13(火)です。

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