執筆者の紹介

王堂 哲
ロンザジャパン社勤務。

L-カルニチンに限らず、すぐれたサプリメントがきめ細かく研究され、正しく用いられながら日本人のQOL向上に役立つことをテーマとして活動している。


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カテゴリ : 食の安全 : 
2012/05/17 (11:00 am)
何らかの新しい成分を食品として使用してよいかどうかということについては、かなり詳しい当局(厚生労働省)による検討を経て行われます。

L−カルニチンは2002年の年末に食品としての使用認可判断が得られましたので、今年末で10年になります。

この10年間にたいへん多くの方にご利用頂きましたが、幸いにもL−カルニチンを原因とする健康障害問題ということは起きていません。

どんなものであっても新しい成分に許可が与えられるためには事前にさまざまな安全性試験が厳重に行われるわけですが、そのとき何といってもモノを言うのは「ヒトにおいて長年の食経験がある」という実績です。

ところで、アルコールの安全性について改めて考えてみると面白いことに気付きます。

もしアルコールという成分が新しいものであって、それを食品として用いてよいかどうかということを国が判断しようとしたとします。

アルコールはそれを摂取すれば明らかにある種の「体感」が得られます。












血行が良くなる、陽気になる、といった好ましい面だけではなく気分が悪くなる、寒気がする、鼓動が速くなる、飲みすぎるとやめられなくなる等々かなり危険な側面も挙げることができます。

これらはすべてアルコールの薬理作用ですし、飲んで出てくる反応に相当な個人差があることも私たちはよく知っています。

もしこれが新しい食品成分だとすれば「そんな危ないものは絶対に認めない」という結論になること必定だと思われます。

実際、アルコールには中枢神経作用、末梢神経作用、消化管作用など用量に応じてかなり明確な薬理効果があります。

とくに脳に対する作用は特徴的で、それに対する人体のレスポンスは過激といってもよいくらいです。

そういうものが毎日あたりまえのように販売され、使用されているわけです。

「食の安全」というイメージから行けば言語道断の食品成分だということになるでしょう。

それなのに、私たちはお酒の存在を完全に認めていますし、むしろ生活にはなくてはならないものの一つだとみなしています。

それはひとえに全世界で古代から使用されてきたという「食経験」が重視されている結果だと言えます。

弱い人は呑んではいけないとか、飲みすぎは危ないとか、そういうリスクは基本的にはすべてそれを摂取する人個人の責任にほぼ完全に任されています。

食経験がある、ということは食の安全という観点からそれほどまでにも信頼されているという証だということになるでしょう。

次回の更新は5/24 (木)です。
カテゴリ : 食の安全 : 
2008/09/25 (6:43 pm)
中国製冷凍餃子事件、賞味期限偽装、産地偽装、事故米の次は中国製乳製品のメラミン混入問題が発生しました。

切りがないような状況ですが、これらをすべて「食の安全の問題」としてくくってしまうと、ことの本質があいまいになる可能性があります。













まず、賞味期限切れ問題、産地偽装問題ですが、これらについてはもちろん詐欺行為であり食品衛生法抵触の事例ですから根絶は必須です。

しかしながら、実際に健康が害されるかどうかということになればそのリスクはかなり低いものと考えられます。

事故米事件はどうでしょう。

これは故意に不良品であることを偽ってあたかも正常品であるかのように販売するのですからやはり詐欺です。

しかしながら、健康リスクに関しては産地偽装などとは比較になりません。

ただ、この事故米に含まれる毒素は人間が故意に混入したのではなく自然に発生したものです。

これに対し、メラミンの混入は消費者の健康被害を承知の上で、混入によってタンパク質含量を偽装するという意図が挟まっている分、悪質度は高いものです。

さらにこれが毒餃子ということになると、(これが第三者による故意の混入だとすればの話ですが)犯人はいったいその行為によって得をしたのかどうかさえわからない、動機の不可解な社会的犯罪です。

事態の深刻さはどれも同じように見えますが、このように個々の事件によって消費者の被る潜在リスクあるいは実害リスクの高さは異なります。

これらへの対策を立てるのは主に警察や行政、あるいは供給会社の問題であることは間違いないことですが、私たち消費者自身がそのリスクの軽重を冷静に判断し、普段の食品の購入にどんな留意を払えばよいのかを考えてみること、つまり賢い消費者になることが必要でしょう。

たとえば、安い海外品と高い国産品のどちらを選択するのかという時に改めて少しものを考えてみるといったことが大切だと思います。

ただし、そうはいっても供給側が故意に引き起こしている加害行為を消費者が見破ろうとしても当然ながら限界があります。

結局そのような悪質な行為が露呈したら廃業は必至なのだという現実を供給側が当然のモラルとして感じていること、そこに賭けるのが現実的だと思われます。

次回の更新は10/2(木)です。
カテゴリ : 食の安全 : 
2008/09/18 (6:32 pm)
食の偽装問題は結局後を絶たず、何月に何があったかを覚えていられない感じになってきました。

今回の事故米・汚染米問題はうなぎのようにそれ単独で消費者に届くという単純なものではなく、主食類、菓子類からアルコール飲料に至るまで非常に広い範囲の製品の原料として流通する点でやっかいな事例です。








また賛否両論あるのでしょうが、事業者名が国から公表されるという事態が混乱を増幅しているようでもあります。

ここで考えたいのは、事実としてその流通食品から特段体調に問題を起こした人が見当たらないということです。

アフラトキシン(黄変米毒素)は確かに毒性の高いことで有名な物質ですが、例えばアルコール飲料などに加工された場合、その飲料本体にどれくらい含まれているかを分析してみることが重要だと思われます。

液状食品ではもし毒素が混じっていたとしても発酵時大量の水で均一に希釈され、あるいは蒸留されますので、最終的にはほとんど残留がないあるいは基準値を超えない可能性が高いと思われます。

従って、そういうケースには全品引き上げなどの措置に入る前に客観的な品質確認が行われる必要があったのではないかと思います。

そういうことをせずに多数の業者名が公表された場合、その情報は不安をあおったり、不当な不買行為につながったりするだけで、実際の効果に乏しいはずです。

先のミートホープ社の場合もそうでしたが、くず肉を捨てずに美味しく加工して利用すること自体はむしろ好ましい話です。

同様に、外交上の都合により事故米を廃棄せずに海外から一定量買い上げ、これを食用と無関係な素材(のりの原料など工業用用途)として利用することも理にかなっています。

問題は、それら破格に安い原料をあたかも通常の商品であるかのように偽装して暴利を得るという詐欺行為そのものにあります。

この行為こそは大いに糾弾されるべきことであるに違いありません。

これら不正業者がここ2年ばかりの間に相次いだ食品偽装問題をどういう心境で見ていたのかというところは理解に苦しむところです。

「明日は我が身」と思っていたのか「自分は見つからない」と思っていたのか。

そう考えてみれば、今回の三笠フーズ以外にこれから先、明るみに出る偽装リスクがあちこちに潜んでいるのではないかと不安になります。

サブプライムローンの破綻問題が片付かない状況で今度はリーマンブラザーズが倒産するという経済事件が起きました。

これらの問題は金融問題で食の安全とは直接関係がありませんが、大きな源流が毛細血管のような支流をたどって世界中に蔓延し、その規模や影響が簡単に推定できない、解決の方法がすぐに見当たらない、風評が不安を増幅する、こういう点で食品問題とよく似たところがあると思いました。

「混乱」という言葉が、時間をかければ解決できる可能性のある事態を指すとすれば事故米問題やリーマンブラザーズ問題はそんな方途も知れない「混沌」という状況に近いのかもしれません。

次回の更新は9/25(木)です。
カテゴリ : 食の安全 : 
2008/03/06 (11:01 am)
フードマイレージは一方で炭酸ガス排出の問題をも提起しています。

1トン(t)・km、つまり1kgの食物を1000 km離れたところから運んでくるために(あるいは1tの食糧を1km運んでくるために)飛行機を使えば1500g、トラックでは180gの炭酸ガスが排出されるとのこと(The Nikkei Magazine 2008年2月17日号)。

この考えを推し進めてゆけば、遠い異国で作られた農産物や畜産物を使用することは自分の家の近郊で作られた食糧に比較して、非常に高い炭酸ガスの発生を伴っているということを意味します。






あるいは、これはフードマイレージではありませんが、電気や燃料を用いた温室栽培で育てた食材はそうでないものに比べ、やはり炭酸ガスの排出は多くなります。

これらを総合して考えれば、「居住域近郊でその季節に収穫される旬のものを食べる生活」というスタイルが地球環境には理想的だということになります。

地球温暖化というと化石燃料の節約ということに目が行きがちですが、毎日食べている食材についても逐一この問題はついて回っているのだということも記憶に留めておくべきことでしょう。

農業人口や耕作地の減少、食糧自給率の低下ということは今や問題としてかなり顕在化する段階になっているように思われます。

農畜産業、漁業などに従事することに対する価値観の変化が起こったり、本来の農水産学に回帰した研究が新たに重視されるような時代はかなり近い将来にやってくるのではないでしょうか。

中国餃子の問題を考えはじめ、フードマイレージをこれに加えて突きつめて考えてゆくと、いろんなことが見えてくるように思われます。

次回の更新は3/13(木)です。
カテゴリ : 食の安全 : 
2008/02/28 (3:42 pm)
食料の調達と環境に関して最近有名になってきている考え方に「フードマイレージ」というものがあります。

これはもともと2001年に発表された農林水産省政策研究所の中田哲也さんのアイデアだということです。








フードマイレージというのは、ある食品が消費者に届くまでの輸送距離と重量を掛け合わせて求めた数字で、トン(t)・kmという単位をもっています。

例えば1tの食物を1000 kmの距離運んだ場合、1000t・kmとなります。

それで計算すると、日本のフードマイレージの総計は9000億t・kmになるそうです。

日本が食糧自給率の極端に低い国であり、極東の島国であることを考え合わせれば、我々は世界有数のフードマイレージ国に暮らす存在であろうと直感的に思われます。

事実、他国との比較では日本の9000億t・kmは世界でも群を抜いていて、韓国や米国は約3000億t・km、フランスは約1000億t・kmといった具合です。

食料の調達について、ためしに式に表してみましょう。

食料安定調達率S=A×B×C×D

A:食原料が世界中で豊作・大漁に恵まれている確率

B:国際関係が常に円満である確率

C:作られる食物が安全である確率

D:食糧を輸入する日本の経済力が充実している確率

1970年頃から最近に至るわが国の状況はこの確率がすべて100%に近いような状況であったと言ってよいのでしょう。

フードマイレージ数が高くても構わないではないか、という理屈は、そのような安寧な状況にあればその通りかもしれません。

けれどもこの頃、そういうA〜Dの前提条件が色々な箇所で100%ではなくなってきている、長期的にはかなり心もとない、というようなことについては以前このブログでも考えたことがあります(07-9-11 07-9-18)。

昨今の中国餃子問題の場合は、上記のうち安全性というファクター(C)が部分的に崩されたケースで、特に日本の食糧全般的な危機となるほどの規模ではなかったものの、ひとたび事が起こった場合にいかにそれを究明し、問題をクリアすることが難しいことであるかは改めて思い知らされるところです。

その安全性の問題が残留農薬のような過失によるものであれ、故意の混入といった悪質なテロまがいのものであれ、要するにそういうことを根絶することにはまた大変なコストがかかるということになります。

また、今回の中国餃子の問題は、単に安全性の問題ではなく、中国という国家との円満な関係に影を投げかけるものでもあり、その意味ではファクター(B)にも深く関連してきます。

次回の更新は3/6(木)です。
カテゴリ : 食の安全 : 
2008/02/21 (5:35 pm)
日本の食糧自給率が低いことが近ごろ中国餃子事件との関連もあって話題になっています。

もちろん今度の安全性の問題が即座に全体的な自給率問題と直結するわけではありませんが、少なくともそこに思いを馳せるくらいのことが、普段こういうことに無関心な人々にも起こったであろうことは間違いなさそうです。

従来食糧自給率はエネルギー自給率とともに国の存続に関する基本的要件と考えられることが主でしたが、近ごろではそれに加え、地球温暖化の観点からも論じられるようになってきています。






その中でも、比較的よく知られているものは、牛肉1kgを得るために11kgの穀物が必要だとか、豚肉1kgではトウモロコシ換算で7kg必要だとかいう事実です(2007-9-4)。

これはエネルギーコストという観点からは大変贅沢な食物生産方法と言えます。

このことと地球温暖化との関連は、ウシが吐き出すゲップ(炭酸ガス)が地球温暖化を促進するということにもあります。

これは嘘のような本当の話です。

たかがゲップが、と思われるかもしれませんが、家畜が莫大な飼料作物を消化して発生する炭酸ガスと彼らのフンから発生する温暖化ガスの総量とを合わせれば、結局それらに火をつけて焼き払ったときに発生する炭酸ガスの量とそれほど異なるものではないということです。

もちろん昨今の干ばつによる穀物供給の不足だとか、バイオ燃料にまわされる作物との耕作地の競合の問題なども重要な接点としてカウントしておかなくてはなりません。

もうひとつこれに似たウシの登場する話で、マックス・クライバーという科学者の考えた、面白い推計をご紹介します(「ゾウの時間ネズミの時間」本川達雄著/中公新書より)。

10tの干草を体重500kgのウシ2頭に食べさせても、体重2kgのウサギ500羽に食べさせても同じく得られる肉はおよそ200kgと計算されるという話です(そして6tのフンができる!)。

ただし10tの草を食べ尽くす速度はウサギのほうが早く3ヵ月、ウシでは14ヵ月かかります。

ところが仮に、これを同じ体重総量のイナゴ(一匹あたり1gのイナゴ100万匹)に食わせた場合、草がなくなるまでの時間は9ヵ月ですが、2トンの「肉」が得られます。

つまり、10tの干草から「肉塊」を得る計算は、

 ウシ  200 kg/14ヵ月
 ウサギ 200 kg/3ヵ月
 イナゴ 2000 kg/9ヵ月

ということになり、やはりこの計算から見ても牛肉というのは高い肉です。

ここで興味深いことは、ウサギとウシという、からだの大きさが100倍以上異なるものでもその成長に伴って得られるバイオマス(この場合、肉の量)は最終的に大体同じ程度になるということ、そしてイナゴの場合はその10倍にもなるということでしょう。

ここでイナゴというのは実は「変温動物」の代表、そしてウシ・ウサギというのは「恒温動物」の代表として考えられています。

つまり、イナゴのかわりにミミズやカエルでも類似の計算結果となるということです。

あまり気持ちのよい想像ではありませんが、将来地球人口が100億人を突破するような事態にでもなれば(それは2100年頃との推定あり)、ウシやブタなどの恒温動物を食料とすることはできず、かわりに昆虫やミミズ、カエルなどを育ててたんぱく質源としなければならなくなる可能性があるのではないかと私は思います。

その時代には私自身は生きてはいませんが、私の曾孫の次(玄孫:やしゃご)くらいの世代にそういう事態になる可能性は十分にあり得ることかもしれない。

これは結構身近なことです。

何とも悲観的に響く話ですが、考えてみれば私の曽祖父の時代、あるいはその一世代前の時代といえば幕末や明治初期のあたりで、世界人口も10億人そこそこ、その頃には今のような食糧事情を想像することは簡単なことではなかったに違いありません。

それにしても、私にはついこの間のことのように思われる1970年頃に30億人であった地球人口がもはや67億人となっているのは現実のことであり、だとすれば、100億人突破説にしても非常にリアリティのある説のように思われます。

もっとも食べ物の嗜好はある程度「慣れ」であるので、子供の頃から食べつけていれば22世紀頃の地球人にはイナゴでも食用ミミズでも案外平気で食べられるようになっているのでしょうか!?

それにしてもどういうわけか、こういう変温動物には、L-カルニチンはほとんど含まれていないようなので、そのころ改めてまたサプリメントといったものが今とはまた違った切実さをもって考えられるようになるのかもしれません。

次回の更新は2/28(木)です。
カテゴリ : 食の安全 : 
2008/02/07 (12:31 pm)
テレビの健康番組事件から一連の偽装や賞味期限問題が矢継ぎ早に勃発した2007年が明けたと思ったとたん今年は早々から餃子の事件です。







事の真相はまだほとんど解明されておらず、今は現地の工場や流通ルート、被害地域に点在する状況証拠がひとつずつ挙がってきている段階です。

こういう状況でいい加減な当て推量を行うことはむしろ慎むべきだと思われます。

ただ、今度のことが中国で用いられた有機リン系農薬の残留によるものなのか、それ以外の何らかの過失による混入なのか、作為的な毒薬事件なのか、それによって矛の向け先も対応策も全く異なるということだけは確かなことです。

それがわからない以上、何を考えることもできませんから、今のところ疑わしいものについては食べないように普段以上に気をつけるということだけです。

それにしても今回の事件はその規模や不安感の大きさからみて昨年に起きたどの事件よりも薄気味の悪い感じがします。

ただ、情報の伝達が遅かったということで政府が体制のあり方を見直そうとしていたり、そして、そもそも食糧自給率が低いことが問題であるという見方がクローズアップされて来てもいます。

この2点については、これを機会に本当に私たち国民が考えてみるべき課題であると私は思います。

以前このブログでも考えてみたことがありますが(2006-8-11)、サプリメントなどというものは生活の基礎基盤がかなりしっかりしていて、成熟度の高い社会の上でのみ存在が生きるものなのであって、それを差し置いての存在価値を問えるものではないのです。

今回の事件でふたたびそのことを思い返しました。

次回の更新は2/14(木)です。
カテゴリ : 食の安全 : 
2007/11/29 (10:22 am)
−今後 日本社会が切実に取り組むべき難しい課題ぁ
             議論することのむずかしさ

食を揺るがす問題についてこのブログで考えてきたこの何ヶ月かの間に、NHKテレビなどで食糧問題の特番が組まれ、つい先ごろも米作農家や評論家を交えた公開討論番組が放映されました。

ここでは、貿易障壁を設けてでも国家が農家を守り、食糧自給体制を確立しなければならないとする保護派と、輸入を促進して農作物をどんどん日本に流入させるべきである、それを買うかどうかの判断は国民に委ねるべきであるという規制緩和派に分かれて3時間ほどの討論が白熱しました。

 残念ながら、というか当然ながらそういう番組の中でこれといった結論が出たわけではありませんが、私が最終的に感じたことはこのような大問題に対してはそもそもそれを議論する枠組みを適切に設定することそのものが不可能と思えるくらい難しいことのようだ、ということでした。






農家の人々の中にもいろんな意見があるのですが、自分たちが農業をやめてしまったら国が滅ぶと主張する人、自分はもう農業協同組合に米を買ってもらうなんていうことは期待せずに台湾だかどこかの超高級料亭に向けて通常の数倍の値段で販売することに活路を見出すのだという人など、その考え方のスタンスは本当に様々でした。

一方、日本の農家が世界に冠たる日本産コシヒカリを作れるのなら米国産や中国産の「安いコシヒカリ」など脅威に感じなくてもよいではないか、という見解に続いて、番組では論より証拠というわけで、いろんな国の「コシヒカリ」を利き酒ならぬ「利き米」風に言い当てられるかどうか実験するコーナーが設けられたりもしました。

しかしよほどの専門家にも国産と外国産は見分けのつかないようでした。

また貿易全体のことを考えれば、日本の工業製品を買ってくれる外国から、逆に食料品を輸入するということは貿易の形として自然なことなんだ、日本のものは売りつけるが輸入はごめんだなんていうことは通用しない、ということを説く有識者もありました。

 どれももっともなことのように聞こえ、故にこそ番組でも結論など出なかったのですが、私はこういう大問題を皆で討論することも大事だけれども、「議論の仕切り方」のようなことがもっと肝心な気がして、結局は煮え切らない思いを残しながら3時間の番組を見終わりました。

 もっとも政治の問題、年金の問題、国防の問題など、どれ一つとっても簡単なものはない、そのうちの一つが食糧問題というわけですから、これも一朝一夕には行かないに違いありません。

何だかやり場のないような結尾部となりましたが、私はこれまで長々と考えてきた地球環境や政治、食育や国民人口構成の課題、こういうことをすべて包括的に巻き込んだ形になっている食糧の問題については、何ごともそう簡単に解決できると思わないほうがよいのではないか、そういう極めて暫定的で歯切れの良くない言葉を最後に、8月末から続けてきたこの話題を一区切りとしたいと思います。

しかしそれにしても何という身近な、何という大問題だったろうと、いまさらながら大きな驚きを感じています。

次回の更新は12/6(木)です。
カテゴリ : 食の安全 : 
2007/11/22 (10:19 am)
−今後 日本社会が切実に取り組むべき難しい課題−
        大量の食品が今日も廃棄されている

賞味期限切れ製品や食べ残しなど、食品関連の産業から発生する食品廃棄物は年間1100万トン(2006年度「食料・農業・農村白書」)に及ぶのだそうです。

食料自給率が40%を下回ってしまったわが国の食糧事情が孕んでいる大きな矛盾の一つといえるでしょう。








今年7月30日付けのAERA誌にとても興味深い事例が紹介されていました。

チャールズ・E・マクジルトン氏が理事長を務めるNPO法人「セカンドハーベストジャパン(2HJ)」では賞味期限が残っているにもかかわらず、商品の回転の都合でスーパーやコンビニの棚から撤去されるような食品を寄付してもらい、需要のあるところに無償で届ける、という活動をしているのだそうです。

また、コンテナ船で輸送中にダンボール箱の一部がへこんだり、端がつぶれてしまったりすることがかなり起こります。

しかし梱包の外側の話なので、中の品物には影響がない。

そういう場合でも中身の商品を販売することは通常難しいわけですが、2HJではこのようなケースにも無駄にならないように需要のある先に斡旋を行うということです。

 日本の食料品のうち、残されたり廃棄されたりするものは全体の約3割にも上るといいます。

私もふだん外国の人たちと品質の話になると、このあたりに微妙な感覚の差といったものを感じることがしばしばあります。

先に触れたとおり、日本では外装のドラム缶やダンボールが少しへこんだり傷がついたり汚れたりしている場合、それを受け入れないケースが普通だと思われます。

しかし、外国では内容物を保護する目的をもったものが想定される範囲の衝撃を受けて少々の損傷を受けたとしても、中身に問題がないのならばそれでよいではないか、という立場に立つことがしばしばあります。

このような違いは乗用車などの扱いを見てもわかります。

自動車にはバンパーという部分が前後に取り付けられていますが、これはつまりbumper(緩衝器)なわけで、この部分が文字通り衝撃を和らげる設計になっています。

それで外国では込み合った駐車場などではここはぶつけてもよいものとして気にしない人も多いようです。

しかし我々日本人にはバンパーのちょっとした傷も放ってはおけません。

このような神経の細やかさを過度というべきかどうか、これはまさに国民性の問題なので、一朝一夕には行かないのかもしれませんが、食糧問題として積み重なれば結局かなりもったいないことになってしまうと思います。

 今年、食品業界で頻繁に取り沙汰された不祥事問題のキーワードの一つは「賞味期限切れ食品」に関するものでした。

「赤福」にせよ「白い恋人」にせよ、賞味期限を決定したのはその企業自身であるはずですが、自分自身で決めたその期限を自らが違反してしまうということに対しては、非常に理不尽な感じがします。

またそのようにしてごまかした賞味期限によって不当な利益を得るなどということについては断固として異を唱えたいと思います。

したがってこの観点からは、賞味期限を経過したものは「きっぱりと処分する」ということがただひとつの正しいアクションであると表明することになります。

このことに例外はないと、目下のところそう思います。

しかしながら、そのようなことが相当長い期間常習的に行われていながら、それらの製品を利用した消費者からはさしたるクレームもなく存続してきたという事実が一方に存在します。

つまり、実質的に問題がないのならば・・・。

ここにきて、「ごまかしてやれ」ではなく「もったいない」という気持ちが捨てきれないものとして残ってくるのですが、有限な資源としての食糧という観点からすれば、この問題はまだ根本的に解決していない、というより、本当は極めて解決の難しい、これからの新しい課題なのではないでしょうか。

次回の更新は11/29(木)です。
カテゴリ : 食の安全 : 
2007/11/15 (12:22 pm)
−今後 日本社会が切実に取り組むべき難しい課題◆
               規格外食品の利用

食品の原料となるもの、たとえば野菜にせよ魚にせよ、形が悪かったり、傷がついていたり、あるいは定型サイズより大きすぎたり小さすぎたりするものは商品価値がないという理由で店頭には並びません。

これも市場の原理で、消費者がそういうものは買わない、売れ残るということから当然のこととして規格外の食物原料は廃棄されてしまいます。

これが工業製品であれば一定の規格に合致しないものを除外するということは理解しやすいのですが、食物である野菜や果物、食肉や魚などはすべて生物であるが故にどれも全く同じ品質、同じ形というわけには本来行かないはずのものです。

しかし、人間の創意工夫によって今日非常に粒の揃った作物を得ることが出来るようになっています。

ずっと昔、家庭菜園というほどのものではありませんが、自宅の小さな庭先になすやきゅうりを育ててみたことがありました。

全く何も出来ないで枯れてしまうようなことがしょっちゅうで、たまにそれらしいものが実を結んだ時にはちょっとうれしくなったものでした。










けれども市場で売っているようなものとは色や形、大きさなど程遠く、あらためて本職の人たちの作る作物の立派さに子供心に驚いたことを思い出します。

しかし実際には農場で作られるものの中にもさまざまな不出来なものはあり、そういうものは販売の対象にならないということで取り除かれているということも後に知りました。

食糧資源を無駄にしない作法をわたしたち日本人も本気で求めてゆくべきではないかという気持ちでこの話題についてこれまで考えてきましたが、そのような「規格外商品」を利用するような動きが一部では行われているといったことをテレビで何度か見かけました。

また、この秋には、これまで廃棄していた魚のヒレや頭部などもできるだけ捨てずに利用し、かまぼこなどの製品に加工する技術が開発されたという報道にも接しました。

こういったことを聞けば少しは安心もしますが、一方でいよいよそのようなことが真剣に検討されるような時代に本当に入ってきたのだということにただならぬリアリティーを感じてもいます。

次回の更新は11/22(木)です。    

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