執筆者の紹介

王堂 哲
ロンザジャパン社勤務。

L-カルニチンに限らず、すぐれたサプリメントがきめ細かく研究され、正しく用いられながら日本人のQOL向上に役立つことをテーマとして活動している。


下記「お気に入りに追加」ボタンをクリックするとブラウザの「お気に入り」に自動追加されます。(Internet Explorerでのみ有効)


2009/03/05 (2:51 pm)
3月に入ってから降る雪のことを、なごり雪と言うのでしょうか。

そのなごり雪も交えて、ここしばらく寒い日が続いています。

半月ほど前には、東京でも日中20℃を超えたりしたもので、もうストーブを片付けようかという気になった矢先、それ以後ポリタンクの灯油をいくつも買いに行くこととなりました。

ところで、ガソリンスタンドなどで灯油を買うときに、車に積んであった空っぽのポリタンクを降ろすときの「軽さ」と、18リットル油を満たしたあとの「重さ」にはたいへんな違いがあると実感します。

しかし、そのポリタンク一つ分の灯油(十数キロ)は一週間後には空っぽになります。

これはつまり、この重い液体が二酸化炭素となって大気中に放出されたことを意味します。

私たちの呼気にも含まれる二酸化炭素をイメージする限り、それは非常に軽いガスだと思われるため、地球温暖化問題で、炭酸ガス排出量が何百万トンなどと言われてもなかなかピンときません。

しかしポリタンクの灯油の重さを実感するとき、またそれが1週間ほどで空っぽになってしまうことを思うとき、たかが一世帯が大気中に放散する炭酸ガスといっても、決して軽いものではないことがわかります。

メタボリックシンドロームの元凶とされる内臓脂肪も、少し種類は異なりますが、灯油と同質の燃料ですから、これも備蓄されていれば、それなりに重いものです。















私自身以前数キロの減量を行いましたが、膝にかかる負担といい、階段を上るときの息のあがり方といい、その歴然とした違いに感動した覚えがあります。

スリムになりたいとか、動脈硬化のリスクを減らしたいとかいうことも、たしかにダイエットのモチベーションとしては大きいものですが、数キロという単位での負担から解放されるということは「軽くて楽になった実感」としてその価値を確かに受け取れるものだろうと思います。

次回の更新は3/12(木)です。
2009/02/12 (12:52 pm)
最近、身内がしばらく入院しなければならないことになったので、病院に行く機会がありました。

廊下を歩いていると車椅子に乗ったり、歩いたりしておられる高齢者の方とたくさんすれ違いました。

普段の生活の中ではあまり気にならないことでしたが、私がそこで持った印象は「高齢者の身体はとても小さい」ということでした。

もちろん、これは40歳代以降に起こってくる筋肉減弱現象の結果であることはわかっているつもりでしたが、改めて老化というものの一般性を間近に見た思いがしました。

メタボといえば腹囲85センチだとか、血液検査の数値だとかいうことが気になりますが、全く別の表現をしてみれば、それは「筋肉と脂肪が入れ替わる現象」と言っていいのかもしれません。

つまり放っておけば、筋肉がやせ細り、脂肪がお腹を中心に増えてゆく、という現象です。








今日メタボ対策といえば、たとえば腹囲を減らすためにカロリー摂取制限を行うこと、適度な運動をしてカロリーを消費することに主眼がおかれます。

そしてうまくいけばお腹が引っ込み、血液検査の数値は改善されます。

しかし、これだけでは筋肉の減弱という現象に対抗することが取り残されます。

そして結果的に「小さな高齢者」に近付きます。

もちろんメタボ管理を全く行わなければ、一見体重はどっしり蓄えているので小さく見えないかもしれません。

しかしそれでも筋肉が細っていることに違いはありません。

このように考えてくれば、筋肉トレーニングが可能なうちにそれに励んでおくということはかなり必須のことと思われます。

この観点はもっと強調されてもよいはずです。

カロリー制限だけでメタボに対抗しようとすること、特に肉体が峠を越していない年代から食制限などをやり過ぎた場合には、特に「小さな高齢者」となる時期は早まってしまうでしょう。

若い時代の筋肉はいわば高齢化に備えた預金のようなものと言えるかもしれません。

「若い頃からよく食べてよく運動する」ということは、均整のとれた身体の高齢者になるということにつながり、さらにそれが本人のみならず周囲の人達(介護する立場にある人)のQOL(Quality of Life)を向上させることにもなります。

これもアンチエイジングの一つの考え方ですが、どちらかといえば「攻め」に近い積極的な気構えです。
 
次回の更新は2/19(木)です。
2008/09/11 (6:00 pm)
昨日の新聞(9月10日付け毎日新聞朝刊)に「20代、30代男性 8割近く『朝食とる』」というタイトルの興味深い記事が出ていました。

これは東京、大阪、名古屋など7大都市で働く男性ビジネスマン1200人を対象とした調査結果です(アサヒ飲料株式会社調べ)。

それによれば、朝食を「必ずとる」と回答した人が56.9%、「とることが多い」の19.8%と合わせると76.7%になったということです。













あわせて、ここ2−3年の生活リズムの変化についての質問では、「朝型になった」と感じている人が42.9%で、「夜型になった」の20.3%を大きく上回ったそうです。

調査を行った会社は「健康志向が高まり、朝型ライフスタイルがメタボリックシンドロームなどに効果的であることも影響しているのではないか」と推測しています。

メタボリックシンドロームといえば、中高年にだけ関心の高い分野ではないかと思いがちですが、案外そうではないのかも知れません。

以前このブログ(08.03.21)でも、多くの人にあてはまる傾向として、高校時代あたりをピークとして、進学、就職、結婚、転職などの人生の節目を経るにつれて運動習慣は減少し、肥満傾向が始まりやすいといったことに触れました。

これについてはその人生イベントを一通り経験した私自身の身を振り返っても「なるほど」と思います。

もちろん、20代30代の人たちが直ちにメタボリックシンドロームのリスクに曝される可能性は低いわけですから、若者の肥満傾向はやはり40代以上の人の体内で起こっていることとは区別できるはずだと思われます。

しかし何にせよ、健康に関する意識が喚起され、若いうちから健康習慣が身につくに越したことはありません。

もうひとつ、先のアンケート調査で明らかになったことは、朝食をとる意識の高まりがあるとはいえ、実際には(朝食をとるという人のうち)52.7%は「自宅外」で食べているのだそうで、早起きをしてゆっくりと食を味わう、といった本来のイメージとは違って、かなり慌ただしそうな雰囲気が伝わってきます。

先日、満員の通勤電車の中で私のすぐ前に立っていた若い男性が、すし詰め状態もものともせず「エナジーバー」を鞄から出して懸命に食べていました。

この人も「朝食を食べている人」の一人には違いないのでしょうけれど、これにはさすがに閉口してしまいましたね。

次回の更新は9/18(木)です。
2008/07/10 (4:06 pm)
前回、数日間の海外との往復で起こった生活のリズムや身体の変化についてお話しました。

その後一週間を経て、まず通常のペースが戻ってきました。

劇的に変化した食欲も今は治まり、ひと安心です。

今回改めて自分の身体を使っての実験のような感覚で、生活リズムの変化について考えてみたところ、数日間で米国と日本を往復するということは昼と夜の逆転が短い間に2回起こるということ、しかもそのペースは他者とのスケジュールによって完全に支配されているということであり、半ば強制的に起こってくることです。

その強制的で緊急な要請に従って身体のコンディションの調整を行い、適応することはなかなかきついものではありますが、逆に強制されるということがなければ時差の回復にはもっと長い時間がかかることと思います。

私のような凡人は自分に対してやはり甘くなるもの。

つまり厳しくなれるとしても限度があるので、スケジュールや何かに強制されるということが何かにつけ必要のようです。









ところで、自分の馴れ合った行動様式を変えることがメタボリックシンドローム対策には最も重要であるということは明らかなのですが、時差ぼけ回復のようにある種の強制力をもって行動を変えることができればそれは案外たやすいものかもしれないと思われます。

メタボのように自覚症状に乏しい場合、自らの心がけに頼って行動変容することは、やはり容易ではありません。

よく言われるように、行動には「重要なこと」「緊急なこと」「重要でないこと」「緊急でないこと」の4つを組み合わせてできる4パターンの行動指標があります。
 
すなわち、
(1)重要で緊急なこと
(2)重要ではないが緊急に対応しなければならないこと
(3)重要だが緊急ではないこと
(4)重要でも緊急でもないこと
の4つです。

行動変容が難しいのは上記の(3)の分野に相違ありません。

このように考えると強制的なスケジュールの要求によって時差を急激に回復するといったことは(1)か(2)のケースになります。

それに対しメタボリックシンドローム対策のために行動変容しようという目標は(3)に属する事項なので、なかなか容易ではないはずだと思われます。

もっとも、特にメタボ対策などという対象に限らず、ありとあらゆる「重要だが緊急ではない対象」に対して好ましい方向に行動を変容して行けるならば、(本人が何を重要と位置づけるか、何を好ましいとするかにもよりますが)、学生ならば成績は上がるし、ビジネスも上手く行くし、スポーツでも何でも向かうところ敵なし、すべての人が聖人君子のような立派な人格になり、実現しない夢はない、といったすごい状況が生み出せるに相違ありません。

このように考えてくると、メタボを退治できない状況というのは何となくその人の体質などではなく、人格や心がけのあり方が問われるような気がして、私などは少し考え込んでしまいます。

次回の更新は7/17(木)です。
2008/07/03 (5:17 pm)
以前このブログで、大学への進学、就職、結婚、転職などの生活の転機が訪れた際にはその新しい生活への適応過程で多忙な状態に陥り、結果的に肥満傾向になりやすいという研究事例について触れました。

転機というわけではありませんが、それに似たことを私は先週数日間の海外出張で改めて実感しました。











出かけた先は米国でしたが、この季節の東海岸と日本と時差は13時間。

空港の味気ないゲートの脇であてどなく7時間待たされるというひどい目に逢い、結局成田を出てから宿にたどり着くまで23時間もかかってしまいました。

4時間ほどの睡眠の後目覚めればひどい空腹に襲われました。

数えてみれば十数時間ほとんど何も食べていませんでした。

それで朝食を無心に食べましたが、その時間は日本時間の夜8時頃。

ちょうど夕食の時間と同じなので結構よい具合に思われました。

その後昼食。

これは日本時間の夜中1時頃ですから夜食のようなものです。

このあたりまでは何とかなりましたが、その後はちょうど徹夜状態に突入するようなものです。

眠気を払うためにブドウ糖の補給をと、たっぷり砂糖を入れたコーヒーを2杯ほど飲み、会議を終えての夕食。

これが日本時間の朝8時です。

メニューはびっくりするほど大きなビフテキ。

おいしいのでサラダ、ビールやワインとともに全部平らげましたが、考えてみれば徹夜明けに、めったにないほどの大食をしたことになります。

その後就寝・・・。

結局このようなサイクルを3度ほど繰り返し、日本に帰ってきました。

これまで一日摂取カロリーを平均1500kcalにすることでメタボを脱出した経験のある私の「誇るべきカロリーマネジメント」は生物時計もろとも完膚なきまでに狂ってしまい、たぶん4000kcalを超える食事と極度の運動不足(ほとんど会議でずっと座った状態)、使っているのは頭だけという状態に突如として陥ったわけです。

しかし、これを人体実験として興味深く思っていた私は、特に考えることなく食欲のままに任せておけばどうなるのかしばし見てやろうという気になっていました。

結果的には、面白いことにそれだけの十二分な栄養を取り込んだおかげで、何とかハードなスケジュールも終えることができ、体調そのものは非常によいと感じられました。

不思議なことに食べて食べまくるということをやってみれば私の消化器もそれに対応して、食欲はますます増進される方向に動きました。

毎日朝食が恋しく、昼もビッグサイズのサンドイッチにコーラ、夜も連日の大食・・・。

これだけ酷使してよくぞ胃腸や消化酵素が音をあげなかったものだと我ながら感心しました。

そして日本に帰ってきてからも夜中に、あるいは夕刻に猛烈な空腹に襲われ、まさに手が震えるようです。

我慢も難しいので間食をし、ああ、これがリバウンドなのだなあと、ちょっと恐ろしいような気になりました。

帰国後3日を経てようやく時差ボケも直って来たところで、空腹のタイミングも日本時間に戻って来ました。

その間、やはりズボンのベルトはきつくなり、体重は1.5Kgほど増えたようです。

明日からはまた少しずつ1500kcalの世界に戻ってゆくつもりで今夜を過ごしています。

今回改めて、摂取カロリーや食事のタイミングについて自分自身で観察してみて思ったことは、人間の脳や消化器というのは環境の激変に対してかなりの可塑性(しなやかさ)を持っているということ、そして、食べれば食べるほどますます食欲が出てくるという事実、そしてその結果、ひどい時差を乗り切るエネルギーを得ることができた、そんなところでした。

メタボとの関連でいえばまったく落第の食生活ということになりますが、特別な短期間であればそれも関係なし、またあせらず徐々にもとの「つつましいカロリー状態」に戻ればよいことだと思われました。

逆に、そういうときメタボなど気にしていて節食を重ね、睡魔と闘いながら、食欲も減退というループに入ると本当に体力が尽きてしまい、体調が崩れてしまったかもしれないと思います。

そうなれば、まさに本末転倒。

人生にはやむを得ず不規則を強いられることがあるものですが、そういうときにはメタボとは一時停戦として体力(エネルギー)の確保に努めた方がよさそうである。

これが今回体験的に得た私の結論です。

次回の更新は7/10(木)です。
2008/06/26 (4:39 pm)
先月読んだ文芸春秋誌(6月号)の中に「外科医、メタボと戦う」と題する論説が目に留まりました。

それは私がこれまでにあまり聞いたことのないメタボ論でした。

引用が大変長くなりますが、とても印象的な表現が多いので、是非以下にご紹介したいと思います。

NTT東日本関東病院副院長の小西敏郎先生の日頃のご体験を交えたお話です。













(以下引用部分)
 ・・・(外科医である自分は)腹部の手術のため、皮膚を切開する。
太った内臓脂肪たっぷりの患者の場合、視界に広がるのは、胃や肝臓などの臓器を覆った真っ黄色の脂肪だ。
第一に厄介なのは、脂肪が邪魔で、病巣があるはずの臓器がよく見えないことである。
第二に、脂肪の中には血管があるために、出血もしやすい。
したがって、メタボ患者の手術は黄色い脂肪と真っ赤な出血との格闘である。
患部がよく見えず、手探りで手術を進めるしかない。
雪と泥の中で野球をしているようなもの、といえば、少しはイメージが伝わるだろうか。
そのため、手術にかかる時間も、非メタボ患者に比べ、メタボ患者の方が長くなる。
患者にとっても、外科医にとっても手術時間は短い方がいいに決まっている。
(中略)
外科医としては、脂肪まみれの手術は、通常以上に神経を使ううえに、時間もかかり、鮮やかな手術ができたという達成感も得にくい、という“三重苦”である。
その分、疲労と消耗は大きい。私たち外科医が集まると、「肥満の患者さんの手術代は通常の二倍にならないものか」とつい、ぼやきが出るほどだ。
またメタボ患者は術後のケアも難しい。
傷が治りにくく、縫合してもちゃんと塞がるまで時間がかかるのだ。
感染症や合併症の危険性も高い。
とにかく手術において、肥満は百害あって一利なしと言っていいだろう。
私は、胃や食道を中心とした消化器の手術を手がけて、三十年になる。
私が一人前の外科医となった頃には、まだこういうメタボ患者に出会うことは少なかった。
しかし、近年では内臓脂肪と格闘しないことのほうがむしろ稀である。
特に、男性は外見的にはスマートでも内臓には驚くほど脂肪を抱えている人が少なくない。
反対に、女性はふくよかな人でも、皮下脂肪は厚いが、内臓脂肪はそれほどついていないケースが多い。
そういえば、メタボの指標としての腹囲の数値が問題とされた。
男性85センチ以上、女性90センチ以上と、女性のほうが大きいのはおかしいと批判されたのだが、外科医の実感としては、この基準は納得できるものがある。
(後略。引用終わり)


こういう実感は手術をたくさんこなされる医師ならではのものに相違ありませんが、私たちが通常CTスキャン像などで見ているものを実物として扱ってみればこんなことになるということです。

もちろん手術などせずに済む人生を送れればそれに越したことはありませんが、実際の現場において、小西先生のようなベテランの方の感想として聞いてみれば是非そういうやっかいな内臓の状態にならないようにしようという気になってきます。

そして皮下脂肪の男女差なども非常に説得力があります。

また先の学会(日本抗加齢医学会)で聴いたところによれば、肥満している人ほど肝臓癌の発症率が高いという調査結果もあるそうです。

それならばなおさらのこと、できるだけお腹の中はきれいにしておきたいものだ、と思います。

ところで、小西先生ご自身も以前はメタボ体型でいらしたのだそうですが、ちょっとした手術入院をされたことをきっかけにメタボも同時に克服され、今は“外科医泣かせ”のメタボ体型には戻るまい、と心に誓っておられるのだそうです。

「行動変容」を起こすのには、こういうプロの医師にとっても相当なきっかけが必要なのだなあと、改めて思いました。

次回の更新は7/3(木)です。
2008/05/08 (6:26 pm)
今年のゴールデンウイークはかなり飛び石的になりましたので、何となく物足りないような感じが残った方も多かったのではないでしょうか。

それにしても休日と仕事の日が不規則かつ断続的に続くと、食べるものも運動の量もかなりめまぐるしく変化してしまうことは誰しも経験するところです。











昨日(5月7日)からはまた通常通りの日常が始まりましたが、私のような本来出不精の人間は特に休日の活動度はかなり落ちてしまいます。

逆に言えば、「仕事に出る」というだけで相当のエネルギーが消費されているということで、通勤途上の階段の上り下りなどのときに、ふとそんなことを自覚することがあります。

盆暮れ正月、あるいはゴールデンウイークなどという本来開放的で楽しい状況においては「食べること」そのものが重要なファクターですので、カロリーコントロールは難しくなる一方です。

けれども、せめてそういうときくらいはハメをはずして楽しみたい、ということになりますから、やはり「普段の何気ない日常の節制」がまたぞろポイントになってきますね。

ところで、この連休中に接した報道記事をニつご紹介したいと思います。

一つは内閣府が5月3日付けで発表した「食育に関する意識調査」の結果です。

それによればメタボについて「言葉の意味まで知っている」という人は87.6%に上り、政府が「食育推進基本計画」で掲げた目標値の80%を突破したとのことです。

もう一つは、週刊ダイヤモンド2008/05/03・10合併号の記事(ネット世論調査「メタボリックシンドローム」)で、そこでは“メタボ”について「知っているが正確な意味まではわからない」人が44%、「意味も正しく知っている」と答えた人が53.0%だったということです。

この二つの調査結果にはかなりの開きがありますが、推測するところ「腹囲85 cm以上でアウト」ということを知っている人が「言葉の意味まで知っている」ということで先の内閣府の調査に回答したのではないかと思われます。

実際は、腹囲85cm(男性)、90cm(女性)という以外に、血糖値、血圧、中性脂肪、HDLコレステロールの基準外数値がニつ以上重なった状態でメタボリックシンドロームと診断されるということです。

細かいこと(たとえば実際には腹囲長ではなく、CTスキャンによる内臓脂肪面積が100㎠以上であることなど)を言いだせば他にも様々ありますが、まず腹囲長のほかにいくつかの診断基準があって、その基準値を複数の項目が超えたときにリスクが高まるのだという知識までをワンセットと考えて、それを知っているかどうかを調べることが重要ではないかと思われます。

その意味で、「自分は85cm以上だから恐ろしい病にかかってしまった」などという行き過ぎた不安を抱かせないためにも、行政側にはどのようなレベルの知識を認知の対象にするのかをきちんとフォローしてほしいものだと思います。

話は変わりますが、L-カルニチンに期待する用途として欧米(とくに米国)で重視されることの1つに「心臓の健康によい」というものがあります。

事実、米国では心臓疾患の患者数が大変多く、社会問題にもなっているようです。

しかし「心臓が発作を起こす」という身体の反応はかなり終着駅に近く、その前に血圧や血糖値、中性脂肪の数値などに兆候が現われるはずなのです。

ゴールデンウイーク中にも立派な布袋(ほてい)腹の米国人と思しき人を何人か見ましたが、こういうインスリンの力が日本人よりも強いと考えられる人たちの肥満は半端ではなく (インスリンの力が強いほど糖の細胞への取り込みが盛んとなり肥満になりやすくなる)、たまに街でみかけることがあっても自分はあそこまでは行きそうもないなと感じます。

本当はそういう人のたくさんいる国でこそ、メタボ診断を行われなければならないはずなのですが、現実はそうでもありません。

「85cmの是非」をめぐって盛んに議論が飛び交う日本の意識の高さはかなりのものだなと思います。

人種が異なれば体質も違います。

あるいは何をどのくらい食べるかという食文化の差も大きいでしょう。

しかし、米国では細かい観察を省略してしまう一方で肥満が進み、心臓発作という段階で初めてその対策に関心が向く、そういう事情の違いも背後にはあるはずです。

日本の取り組みが早期予防対策の好ましい実例として他国でも役立てばよいなと思います。

このウエブサイトでも、本日メタボリックシンドロームのサイトをオープンしましたので、お時間のあるときに是非ご覧いただければと思います。

次回の更新は5/18(木)です。
2008/04/10 (11:23 am)
メタボ対策として運動やカロリー摂取コントロールが必要だということが頭ではわかっていてもなかなか実行することはむずかしい。

これは実際の医療現場でも乗り越えることがむずかしい壁のひとつとなっているそうです。

一方、生活習慣によって私たちのからだが肥満傾向に向かうということはあくまでも後天的な事情です。

しかし、そこに先天的な個人差が全くないのかというと、それはそうでもなく、最近の研究によれば、その人その人が生まれつき持っている遺伝子の働きもいくらか関係しているということです。

そう聞けば何やら不安になります。

それに、自分がどういう遺伝子を持っているかなんてわからないじゃないか、ということもあるでしょう。












ところが、この頃はからだの細胞の一部を提供して分析することによってその人の遺伝子のタイプを迅速に知ることができるような技術、いわゆる遺伝子診断というものが発達してきています。

「からだの細胞の一部」として使えるものとしては爪があります。

爪だって立派な皮膚細胞であり、その中にはワンセットの遺伝子(DNA)が含まれています。

近頃では実際にそのような遺伝子診断サービスを提供する企業も出てきています。

このような遺伝子診断によって例えば「あなたは太りやすい体質だ」という結果が出たとしたら、これはショックかもしれません。

しかし、実際はそれほど心配することはありません。

このような遺伝子の支配よりも生活習慣が及ぼし得る影響の方がずっと大きいからです。

ですから自分がもし「太りやすい遺伝子」を持っているとわかった場合、より注意を払うことによって自分の生活習慣を見直し、「リスクの少ない遺伝子」を持った人よりもかえって理想的な健康維持を行える可能性があります。

わかっているけれどなかなか直せない生活習慣をなんとかするためには、ちょっとしたショックを受けることも必要なのかもしれません。

私自身、腹部のCTスキャン像を撮ってもらって、自分のお腹の中にどういう脂肪がどういうふうに詰まっているのかということを知ったとき、軽いショックを受けました。

ちなみに私の場合、内臓脂肪面積は108平方センチメートルで、メタボリックシンドロームの境界領域とされる値(100平方センチメートル)を少し超えていたのです。

しかし事実、私にとってはこれが直接の動機付けとなり、少しは本気になってカロリーコントロールを継続的に実行するようになりました。

おかげでその後はメタボリスクの圏外に出ることができています。

つまり私にとってはCTスキャン像が生活習慣を変えるきっかけになったということです。

同じように、遺伝子診断の結果を知ってちょっとしたショックを受けるということもメリットのある動機付けになるかもしれません。

だからといって「太る体質でなかった」と結果が出たラッキーな人が羽目をはずしすぎて暴飲暴食に走ってしまうようなことは避けなければなりませんが!

次回の更新は4/17(木)です。
2008/01/24 (10:23 am)
             −「おいしい」と「健康」−

霜降り肉やフォアグラ、豚骨ラーメンと聞けば思わずおなかが鳴り出しそうになりますが、こういう「おいしいもの」はどうも健康には(特にメタボリックシンドロームには)よくないものが多いようです。

逆に、病院食などはたしかに健康によさそうな感じはしますが、あまり食欲をそそられるものではありません。

また私などの年代が昭和40年代ころに経験した学校給食も然りで、栄養的に考えられているらしいことは子供の目にもわかりましたが、味となると絶望的で、ほとんどの日が苦痛といってよいようなものでした。

「栄養学的献立はまずい」と、「おいしいものはカラダに悪い」は直感的にありそうなことに思われます。








ところでメタボリックシンドロームへの対策としてはカロリーコントロールと運動が筆頭に挙げられますが、「食べ過ぎなければよい」とはいうものの「まずいメニューを選んでいればいい」というようなことには当然なりません。

しかしおいしいものはたくさん食べてしまうのですから、この相反する問題を解決することはなかなか難しそうです。

そんな中、最近では病院内のレストランにおいしくて健康なメニューを提供するケースが増えてきているという新聞記事をみつけました(日経新聞2008年1月20日)。

一流の料理人と栄養士、医師が組んで献立を作ってゆくのだそうです。

一例として岡山県倉敷市の倉敷中央病院内のレストランメニューは、

*イカそうめんの生姜醤油かけ
*だし巻き卵
*ホタテとキュウリ、クラゲ、こんにゃくのゴマ酢
*豆腐、カボチャ、トウガン、ナスなどの炊き合わせ
*オクラ、ヤマイモ、ナメコの和え物
*モチヒキご飯
*さつま汁
*ローストビーフサラダ
*シークワーサーゼリー

といったすばらしさ。

これで750kcalとのこと。

同病院の取組みはすでに1980年代から始まっているそうです。

こういう話は私も過去にも聞いたことがありますが、たぶん、ただでさえ食欲がない病院にこそおいしいメニューが必要、といった目的をもって進められてきたのだと思います。

今回新聞に載っていた例をみていて進化しているなあと感じたことは、こういうレストランが、入院している人のためだけではなく一般の人にも開放する目的をもっている点です。

そこでおいしくてローカロリーな食事を体験することで、それが家庭に広まってゆくので、まさに普段の食生活が大切なメタボリックシンドロームにとっては的を得た取り組みだと思いました。

この頃はテレビをつければ必ずどこかの局で誰かが何かを食べている映像にぶちあたりますが、現代の日本人にとって食は視聴率を稼げる話題だということなのでしょう。

今年はもう少し実際メタボの役に立ちそうな(それでいて面白い)食べ物番組が大いに放映されるようになってほしいものだと思います。

次回の更新は1/31(木)です。
2008/01/17 (12:01 pm)
   − メタボリックシンドローム スローガンから実行へ −

今年の4月から「特定健診・保健指導」が始まります。

企業の保健組合などは、40歳から74歳の人々を対象として生活習慣病の予防に向けた健診・保健指導を行うことが義務付けられます。

国はこの新制度によって2012年度までにメタボリックシンドロームの予備軍を10%減少させ、医療費を抑制するという目標を示しています。

2013年度以降にはこのメタボ予備軍を減らすことに成功した企業に対し「特典」として高齢者医療費の負担を軽くし、逆に成績の上がらない企業にはコストの追加負担を求めるということです。

ともあれ今年春以降の健康診断ではメジャーを使っておなか周りを測る、という風景が一般化するはずです。












以前にも書いたことがありますが、従来は「太っていることが生活習慣病の原因になるらしい」というごく漠然とした相関関係が、「腹周り何センチでどういうリスクがあり得るか」というわかりやすい因果関係で示されるようになったということがメタボ診断基準の優れたところだと思われます。

 しかしその実施を前にして、今もってこの特定健診という制度には賛否両論が渦巻いています。

 反対派の人たちの主な論点としては、

(1) これは国が国民のプライバシーに介入するものだ(いつどうやって死のうが病気になろうがそんなことを国に心配される筋合いはない)。

(2) 企業などに「特典」や「罰則」のようなことを設けることによって「太った人」は不当な扱いを受け、差別につながる。

(3) そもそもこの「85センチ」という診断基準の根拠は薄弱である。

「ちょい太り」くらいがちょうどいいという説もある。

といったところが代表的なものです。
 
それに対し「賛成派の見解」というのはあまり見たことがありませんが、おそらく一定の認知活動の末に国によって実施が決定されたということで、それ以上付け加えることがないということなのかもしれません。

私はというと、次のように考えています。

(A)国民皆保険という世界にも稀な制度はすばらしいので、できればこれを維持してほしい。

しかしその制度にだらだらと依存することは結局何のためにもならない。

(B)高齢化が進む社会でその制度が維持できなくなることも理解できる。

(C)ある疾病に対する予防法があるのならば、我々はそれを実践した方が得策である。

(D)病気を予防することによって最も恩恵を受けるのは本人ならびにその家族である。

(E)「いつ死のうが人の勝手」は確かにそうだが、誰でもそう「きれいに死ねる」とは限らない。

(F)メタボリックシンドロームの果てにあるのは動脈硬化にはじまる脳機能の不全であって、それが長期の寝たきりにつながる。

その状態で周囲に依存しないでいることは困難である。

つまり、「メタボ予防」は「きれいに死ねない状態」を回避するための方策だといえる。

(G)仮にメタボを全国民が克服できたとしても、人はそれ以外の何らかの疾病にかかって死ぬ。

当然ながら疾病には予防しきれないものも多い。

そういう病気にかかった人に対しては手厚いケアを傾けてくれる国家であってほしい。

私は、「85センチが絶対正しいかどうかを突き詰めるよりも、大体そういうことと納得して自分の腹をひっこめるような生活をすればいいんじゃないか」と思っています。

それを国が制度で強行してもしなくても関係ないじゃないか、という意味です。

「国」といえば、昨年は社会保険庁の年金サボタージュだとか公務員の法外な厚遇、薬害訴訟などが話題となり、こういう観点から日本国家をみれば途方もなく情けなく、何とかしなければ大変なことになるという危機感を覚えます。

しかし、ことメタボに関しては「85センチ」の妥当性に目くじらを立て、反証することに血道をあげるよりはだらしない惰性的食生活を改めたり、少しは運動を心がけたりということを無理のない範囲で実行してゆけばよいと思うのです。

そのことにコストはかからず(むしろコスト減であり)、最も得をするのは本人だからです。

むしろそういった健康法を推奨できる根拠が挙がってきているのに、それを国民の福祉に役立てようとしない国家があったとすればそちらの方が問題だと思います。

 ただし「メタボ対策」としてやみくもに絶食したり激しい運動をしたりすることはよくない、あるいは偏食やサプリメントに依存することもいけない、このことも同時に言わなければならないことは重要な点です。

こう言った以上、「おまえはあれこれ言わずに腹をひっこめたらいいなんていうけど、実際には何をどうすればいいんだ?絶食も激しい運動もしないで、いったいどうすればいいんだ?」という疑問に回答しなければなりません。

 私はこの点についてはまだ十分実践的な解決策が示されていないと思っており、議論をするならばそこにこそポイントを絞るべきだろうと考えています。

そもそも私がこのようなブログで長々と色々なことを書き続けているのもその具体的な方法をすっきりした形で示してみたいともがいているからに他なりません。

次回の更新は1/24(木)です。

(1) 2 3 4 »

毎週木曜日更新!健康に関するクイズ!
企業・研究者様向け“L-カルニチン”総合案内
本サイト運営企業。L-カルニチンの世界最大手メーカー
L-カルニチンサイト(英文)
id: 
pass:   
 
Copyright © 2005-2013 LONZA Japan.All Rights Reserved.