執筆者の紹介

王堂 哲
ロンザジャパン社勤務。

L-カルニチンに限らず、すぐれたサプリメントがきめ細かく研究され、正しく用いられながら日本人のQOL向上に役立つことをテーマとして活動している。


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カテゴリ : つれづれ : 
2018/04/05 (9:00 am)
ユング心理学の河合隼雄さんの『心の処方箋』という本の中に「ふたつ良いことさてないものよ」という表題のエッセイがあります。

これはどういうことかというと、何かよいことが起これば一方で何かよからぬこと、愉快でないことが起こる、それが人生というものですよ、という意味です。

言い換えれば、ずーっと良いことずくめで日常が過ぎてゆくとは思わない方がいいですよ、ということです。

これを人生の知恵として踏まえるならば「あらかじめそんな心構えでいれば、多くの日常のトラブルにも落ち着いて対処できるはずだ」という生き方のコツにもつながるでしょう。

河合さんは人生というものは良いこととそうでないことに量的なバランスが保たれていると思う、と述べています。

一方河合さんは「逆にいえば、何か悪いことが起こったとしてもそういう状況がずっと続くということもない、そうもいえるだろう」とも説きます。

そういえば昔から「怪我の功名」、「瓢箪から駒」、「人生万事塞翁が馬」「禍福は糾える縄の如し」といった言葉も知られていますが、これらも似たような教訓や経験に基づいているのだと思います。

また同じ本の中に何かイライラするようなときというのは、状況が十分見通せていないときだ、ということも書かれています。

イライラしているときに、しばしばその原因が何かよくわからないこともあるものですが、そういわれてみれば確かにその通りで、難しい状況にあるピンチのときでもその原因や対策に見通しのあるときは案外平常心で居られるものです。

イライラが収まらないときにこそ、頭を冷やしてその原因はなにか?と考えてみるべきなのです。

イライラしたときに何かに当たり散らすなどということは周囲にも迷惑ですし、原因が探れないところが最悪です。

先日加山雄三さんのクルーザーが炎上したということで、さしもの加山さんもすっかり憔悴した面持ちでインタビューに応じていらっしゃいました。

本当に沈痛この上ないことと思います。

これを「順風満帆だったこれまでの人生」に対するバランス取りだと考えてしまうとよけい落ち込んでしまいます。

でも逆に「きっとこんなにつらいことがあったのだから、それにつりあうような非常にすばらしいことがこれから起こるに違いない」ととらえることができればマインドセットは180度ひっくり返ります。

加山さんにはそのうち是非またすばらしいことを待ち受けて頂きたいものだと思います。


次回の更新は4/12(木)です。
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2018/03/29 (9:00 am)
先週お彼岸のなごり雪にびっくりしていていましたら、それから3日ほどで桜が満開になりました。

昨今の東京は昼夜の寒暖差がかなり大きい日が続いています。

冬の寒さが尋常でなかったせいか今年はほんとうに春が待ち遠しい感じでしたが、その分桜がいつもにも増してすばらしく感じられます。

ところで去年の12月からひと月に一度弱の頻度で海外出張に行かねばならなかったのですが、以前と比べてかなり「きつさ」を感じる自分に気づきました。

たとえば、出発前のセキュリティーチェックでパソコンをカバンから取り出したりコートを脱着したりするとき、現地に到着して入国審査の長い行列に並んでいる間、こういうとき重いショルダーバッグを抱えて過ごす時間がかなりきびしいのです。

カバンには機内で数時間を過ごすための手帳や筆記具、何冊かの本、携帯音楽機器など(昔は数枚のCD!)を入れて出かけるわけですが、これにノートパソコンが加わるとほんとうにずっしりと来ます。

若かった頃は(などと云いたくないのですが)そういうことは意識したこともなく、機内でもまとまった時間ワインを飲んだりしながらけっこう本も読み、あるいは狭い座席で肩をすぼめてせっせとパソコン作業をすることもそれなりに楽しかったものです。

今は座席にたどり着くやいなやシートベルトを締めて早々に眠ってしまい、場合によっては食事も断ってそのまま現地に到着ということもあります。

機内で眠くなるのは気圧が下がり空気が薄くなることとも関係があるのでしょう。

そこへふだんの睡眠不足、そして時差が加わります。

脳が疲れているので「休め!」という指令が出ているにちがいありません。

ちかごろ日本のあちこちの鉄道駅で見かける海外からの旅行者はみなびっくりするくらい大きなトランクを持っています。

彼らを見ていると、旅を楽しむためには相応の体力の充実が必須の条件になるのだなあと改めて思います。


次回の更新は4/5(木)です。
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2018/03/22 (9:00 am)
暑さ寒さも彼岸までといいますが、今年のお彼岸、東京はなんと雪でした。

これこそ「なごり雪」です。

ここのところ一時は初夏の陽気になっていましたのでこの寒さはいっそうこたえました。

一日外出していたのですが、風も強く冷たい雪雨の中でずぶ濡れに近くなり散々でした。

こういう時はほんとうに仕方がないのですが、いわば「命を削りながら過ごした一日」だったなあと思います。

もちろん日によっては睡眠も十分、精神ストレスも低め、美味しい食事を摂れることもあります。

こういう日に寝床に着くときには「寿命を伸ばせたな」と思います。

厳しい日、つまり睡眠不足、低温、低体温、食事もタイムリーに摂れずという時には覚悟していかにしてリカバーするかを真剣に考えないといけません。

消化の良いものを食べてゆっくりお風呂につかって早めに眠りについて・・・。

まさに今日はその厳しい日でしたが、最も注意しなければならないのはおそらく免疫力の低下でしょう。

冬にインフルエンザが流行するのはインフルエンザウイルスが低温を好むからではなくヒトの免疫系が低下するからにほかなりません。

一日を終えて眠りにつくとき「今日は寿命が伸びた日か縮んだ日か?」を自問してみるのも無駄ではないかもしれません。

カレンダーに〇×でもつけて一か月半年、一年、と振り返ってみると「今年一年」は勝ち越せたか負け越せたかも簡単にカウントできます。

季節の変わり目というのは「負け越し」が多くなりがちです。

一日の終わりにざっとした感覚で「今日の健康勝負」を振り返ってみるとき、負けそうになった時にはやはりそれに見合う「癒し」をあれこれ身体にフィードバックし、翌日に持ち越すことなくできればその夜にうちに原点にまで戻しておきたいものです。

明日はまた突然気温が上がるのだとか。

外出時の服装ひとつにもちょっと気をつければ負け試合も逆転に持ち込めるでしょう。

本格的な春が来るまでくれぐれもお大事にお過ごしください。


次回の更新は3/29(木)です。
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2018/03/15 (9:00 am)
昨日物理学者のホーキング博士が英国ケンブリッジの自宅で亡くなったとのニュースに接しました。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は次第に筋肉の萎縮や筋力の低下を来たす過酷な神経の疾患です。

通常は60-70代の男性に多いそうですが、博士の発症は21歳といいますからそれから55年間もほんとうによく頑張ってこられたものだと思います。

ホーキングさんの場合はその間ただ生きていたというだけではなく、物理学では超一流の仕事をし続けて来られたわけなので、さらに驚きです。

辻井伸行さんのピアノ演奏や今まさに韓国で行われているパラリンピックなどすべてそうですが、こういう人たちは「障がいにも負けず」という言葉ではなく「障がいがあるからこそ」とでも言いたくなるようなものすごい力量を、努力しながら身に着けて来られたところがあります。

実際、この人たちが発揮しているパワーは健常人の何倍にも及んでいます。

とくにホーキングさんについては非常に長きにわたっての車いす生活だったわけですから、よく言われる「健康のための運動」など思いもよらないはずです。

たしかに健康維持のために筋肉という臓器が果たしている多様な役割については最近の研究によって次々明らかにされてきているところではあります。

しかしことホーキングさんに限っては筋肉の健康からは最も遠い境遇におかれていたわけで、常識的に考えればもう絶望してしまっても不思議はありません。

けれども実際には最高度の知的業績を上げて来られました。

いや若い頃だけでなくつい最近まで「人類の地球から別の惑星への移住プロジェクト」や「AIの危うさ」といったことに非常に鋭い考察を発表し続けていたわけです。

76歳という年齢を考えれば高齢者としても卓抜した能力の発揮ぶりだったことになります。

身体はものすごく不自由そうではありました、けれども博士には不思議と「老いた風貌」はなかったように思います。

亡くなられて改めていろいろなことを考え、そしてどんな身体状態にあってもあきらめずに若々しくいろいろな目標に向かうその姿勢。

物理学のみならずそういう生き方の天才だったともいえるでしょう。

逝かれてなお、勇気と元気をいただきました。 合掌


次回の更新は3/22(木)です。
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2018/01/11 (9:00 am)
新年明けましておめでとうございます。

おかげさまでこのブログをはじめてから今年の二月でなんと干支が一巡することになりました。

戌年の私はその二月で何を隠そう「還暦男」です。

「昭和の年齢」でよく引き合いに出されるサザエさん一家の磯野波平さんは54歳だそうですから、それよりも6歳も年長ということで、これはちょっとげんなりします。

還暦といえば赤いちゃんちゃんこ、ですが、どうも私はこれが苦手です。

というのは最近なにかの余興のようなところで無理やりそれを着せられる人を毎年どこかしこで目撃するのですけれど、悪いですがどなたも「まったく似合っていない」。

理由は明らか、いずれもひとえに「若すぎる」のです。

現代の感覚からいえば、たとえば傘寿(八十歳)などでちゃんちゃんこ、というのがちょうど良いのではないでしょうか。

ついでながら先の波平さんのプロフィールをウェブで拾うと「・・・趣味はたくさんあり、囲碁、盆栽、釣り、俳句、骨董品の収集などなど・・・」とあります。

当時の会社の定年は55歳ですから、それを一年後に控えた人物描写としては趣味と言っていかにもそういう感じだったのだなあと思います。

サザエさんの連載が開始された翌年昭和22年の日本人の平均寿命は50.06歳、現在のそれは80歳を超えているわけですから、波平さんは今様に言えば81歳くらいの気構えであったかもしれません。

まあ年頭初回のブログが年齢のことばかりで恐縮ですが、今回ばかりは自然とそちらに意識が向いてしまうようです。

一日でも体調の良い日をたくさん確保して充実した一年にしたいものだと例年にも増して気分を一新しているところです。

どうぞよろしくおつきあいくださいますように、そして、健康いちばんでつつがなくお過ごし頂けますように!


次回の更新は1/18(木)です。
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2017/12/21 (9:00 am)
先週の月曜日の午後に用事を終えて新大阪から新幹線に乗って東京方面に向かいました。

まったく普通に京都を過ぎ名古屋までは定刻に到着したのです。

が、そのあとなかなか列車が発車せず「ただ今車両点検中」とのアナウンスが数回入りました。

そうするうち、ほどなく「別の列車に乗り換えてください」との通告。

遅れた時間そのものはさほどでもなく、私自身もその後順調に目的地の新横浜に到着したのですが、その車両が大いに問題でした。

翌日に「新幹線始まって以来の重大インシデント発生」との報道があり、当該の車両はなんとそれから数日の間名古屋駅の番線に留め置かれたのです。

9日を経た昨日(12月20日)の新聞には「あと3センチで台車に破断、大脱線の恐れがあった」との詳細なレビューがあり、紙面にはJR西日本の役員の人たちが頭を垂れて謝罪する写真が載っていました。

2005年にJR福知山線で車両が脱線して近隣のマンションに突っ込み前代未聞の事故があったことも記事の引き合いに出されていましたが、もう少し故障の発見が遅れていたら他ならぬ自分がさらに大きな事故に巻き込まれていたのかもしれない、そうと思うと改めて背筋が寒くなる思いがしました。

ただ私は今度のことを通じて健康問題も同じようなものだと思いました。

少し異常があると気付いても「まあ大丈夫だろう」とやりすごし、やがて大きな破たんがやってくる。

そしてそのような破たんは(新幹線の台車がそうであったように)少しづつの負荷の積み重なりが一気に表面化してくるのだと思います。

身体の中の筋肉のどこか、関節のどこか、神経や血管のどこかにもしかしたら今この瞬間にもダメージが進んでいるかもしれない。

そこで大切なことは「あれ?ちょっとおかしいかな?」という感受性だと思います。

もちろん健康診断の数値というものもありますが、件の事故車両にせよかなり直前の検査で異常なしとされていたといいますから、やはり異音や異臭に最初に気づいた「岡山あたりでの処置」を自分の健康管理でも行うことが重要なのだろうと思います。

これからいよいよ年末年始の歳時に入って行きますが、みなさま方におかれましてもくれぐれも用心なされますよう。

さて、まだ少し早いですが28日はお休みを頂きまして今年はこれにて筆おさめとさせて頂きます。

新年第1回目は1月11日からお目にかかりたく思います。

今年もこのブログに最後までおつきあい下さいましたこと、改めて厚く御礼申し上げます。

それでは良いお年をお迎えください!


次回の更新は1/11(木)です。
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2017/12/07 (9:00 am)
何度思い知ってもやはり同じことですが、時間のたつのがあまりにも早く感じられます。

仕事で使っている手帳(私は古典的な手帳派です)を繰り直してみると毎日毎日ぎっしりと「用事」が入っています。

というか、1年が終わってみると「用事」はすべて「記録」と化しています。

日々メールでのやりとりをこなしている中、考えてみればメールというのはほぼ「他者との約束ごと」で満たされています。

つまり手帳にぎっしり残っている記録はそんな約束事に対する対応の記録でもあります。

もちろんそれらは私から相手の方にお願いをし、それに応えて頂いた記録もたくさん混じっています(お世話様。感謝感謝です)。

一週間に、一か月に、一年間に、いったいどれだけの人との間にどれだけの約束事を交わしたのか、いささか気が遠くなりそうです。

仕事の上での約束事は当然ながら納期を伴います。

時間はたいていこの納期を基準に動いているようです。

そこで被害を受けているのが「納期のないミッション」です。

「自分の自分による自分の為の納期」というものはどうしてもきちんと設定できなかったり、守れないままに時間ばかりが流れて行きます。

もちろん生活の糧を得るために働くということの優先順位が高いことは百も承知ですが、もはや待ったなし!で自分のためのミッションに現実的な納期を設けてゆかなければなあ、といつになく強く思うこの頃です。

前回書いた同窓会で抱いた感想しかりで、時間は有限、というか心身ともに随意に安寧が保たれている時期というのは寿命とは別の「現に保有している貴重品」にちがいありません。

今年はぜひ来年に向かっての「助走の時間」をこの師走にしっかりと確保したいものだと思っています。


次回の更新は12/14(木)です。
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2017/11/30 (9:00 am)
先週の祭日は慌ただしさにかまけて突如ブログをお休みしてしまい申し訳ありませんでした、改めてよろしくお願いいたします。

さて若い頃、といっても20代から40代くらいまででのことかもしれませんが、例えば同級生の誰彼とたまに会ってもそれほど昔と印象が変わらないという気がしていたものです。

そんな中、先日高校時代の同窓会がありました。

面影がほとんどかわらない人がいる反面、まったく昔からは想像できない風貌の人もいていろんな感慨を覚えました(自分のことはいったん棚に上げての話です)。

恩師の方々が6名参加されていました。

ほとんどの方が80代、しかし皆さんお元気でした(この前までこのブログでご紹介した体温測定健康術を教わったのもその中のおひとりです)。

もちろんすこぶる懐かしく、楽しいひと時はあっという間だったのですが、漠然と抱いた感想、それはこれから先はもっとこまめに会わないといけないな、というものでした。

昔の印象があまり変わらない間にいろいろ話しておきたいことも多いように思われたからです。

人間は対数的感覚で齢をとるといいます。

85歳でも100歳でも若い人からみればあまり差がないという意味です。

それは確かにそうですが、実際還暦付近の年齢になり、その先までの時間を推し量ってみると別に対数的でもなく、かなり直線的というかむしろ老化の速度は指数的に早まるのではないかという気がしてきます。

現在80代でお元気な恩師の方々があと10年後はどうだろうと考えると、なかなか複雑な思いがこみ上げてきたものです。

いまさらながら今回還暦付近からどのようにスローエイジング(slow aging)に転じられるのかが健康寿命を実現してゆく上での腕の見せ所だと思った次第です。

見かけの若々しさは身体状況の若々しさを反映しているということは昨今の研究でも明らかになってきています。

逆に言えば見かけの若々しさを保つように工夫努力すればそれが内面のコントロールにもつながるということになりそうです。

上手く行くかどうかわかりませんが、私もいよいよそんな年代に入ってきたのだな、と、そんなこんなを改めて感じた同窓会ではありました。


次回の更新は12/7(木)です。
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2017/10/26 (9:00 am)
昨年でしたが、ひどい五十肩になってしまいほとほと困って整形外科医に行きました。

よくある五十肩の場合はレントゲンを撮り「映像を見た限りで異常はない」と判断され、筋弛緩薬と痛み止めの処方箋が出て時間が経てば治ると言われて終わるのが通例だと思っていました。

はたして実際に受診してみるとまったくその通りで、レントゲン写真を見て異常なし、時間がかかりますがそのうちよくなるでしょうと言われ、筋弛緩薬と痛み止めの処方箋が出ました。

もちろんおかしな筋肉の断裂や骨に異常がないことなどがわかってほっとはしたのですが、あまりに型どおりの展開に少しがっかりする面もありました。

現代日本の医療は国民皆保険で3割か1割の自己負担で施療が受けられるようになっています。

このおかげで世界一の長寿大国が実現していることは周知の事実です。

保健医療を成立させているものは厳格な「ガイドライン」というしくみです。

問診や視診などによってざっと診断し、検査によって診断を確定し、それに基づいて施療や処方箋の発行が行われる、そして処方箋に基づいて調剤薬局で医薬品を購入するという流れ、これらすべてが一定の「ガイドライン」に基づいてなされます。

これがないと、医師ごと、医療施設ごとに主観的な尺度で様々な措置がとられ、結果的に保健医療というシステムが持たなくなってしまいます。

主観的な医療判断を回避するためのしくみが「ガイドライン」というわけです。

たとえば、中性脂肪が151 mg/dLであれば異常149 mg/dLであれば正常と判断され、後者の場合に薬を処方したらガイドライン逸脱になるわけです。

しかし実際に数値が149でも151でも本質的な差はありませんがどこかで線引きせざるを得ないということです。

ところで、ある医師は「これはこういう原因でこういう症状が出ているんだな」と察知し「それなら〇〇の治療が良いだろう」と判断したとします。

けれどもそれがガイドラインにない措置だとしたらその施療は自由診療扱いになり、保険診療を使うことができません。

こういう医療の事情は学生食堂に似ています。

学生食堂には「日替わり定食」があって格安で空腹を満たすことができます。

けれども日替わりとはいえ、そのうち飽きてきてアルバイト収入などあればキャンパス近くのプチ高級レストランで少し高めのメニューを食べたりする日も出てきます。

この場合学生食堂の調理人さんは保険診療の医師、プチ高級レストランのシェフは自由診療の医師のような立場に喩えられます。

学生食堂の調理人さんだって自由な食材でメニューが組むことが許されれば相当のことができるはずです。

昔のように食材が乏しかった時代にはそれでも矛盾は起こらなかったと思いますが、選択肢が増えてくるとしだいに制限がきつく感じられるようになり消費者のニーズを満たすことが難しくなってきます。

この場合選択肢が増えてくるということには「食材が増えてくる(あたらしい医療情報が増えてくる)」ということと「顧客の嗜好性が洗練されてくる(より健康寿命に対する要求が強まってくる)といった二つの意味あいがあります。

先端医療技術やある種のサプリメントなどはそんな「ガイドラインの外」にある選択肢のひとつになってきています。

手塚治虫の名作『ブラックジャック』は超絶技巧の手術を施し、法外な料金を課することで有名ですが、彼が無免許医であることはともかくガイドラインを踏み越えて施療をすることに一種の哲学をもっていたこと、これがあの作品のベースモチーフのひとつになっていたのかもしれません。

その意味で非常に時代を先取りしたテーマだったように感じます。


次回の更新は11/2(木)です。
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2017/10/19 (9:00 am)
あれよあれよという間に今年ももう冬支度が気になる季節になってしまいました。

時の経つのが速い、という実感は現代人に共通の実感だと思いますが自分のこととして素直にふり返ってみてもまさに、確かにその通りだと思わないではいられません。

私はまとまったデスクワークをするときに30分ごとにアラームが鳴るようにセットしたタイマーを使っています。

すると、まったくあきれるくらい「どの30分も」あっという間に過ぎてしまうのです。

えっ!? もう? まだろくに何もしていないのに・・・!

という感じ、それの連続であっという間に2時間3時間が経過して行きます。

その理由を考えてみると、私が懸案を処理する速度より懸案が舞い込んでくる速度の方が速い時が少なくないということです。

電話がかかってくることもありますが、もちろんメールで飛来する用事の方が圧倒的に多いものです。

昼間に自分にめがけて飛んでくるメールはほとんど何らかの「納期」を伴っています。

中にはパッと返信してしまえば片付くようなものも少なくありませんが、時に難問や奇問も含まれています。

すぐにケリのつくような案件にしても1時間に3件5件となると30分タイマーをかけている間にもどんどん溜まって行きます。

人によっては毎回の食事を写メで飛ばしてくる人もあります。

さすがにそれに逐一「いいね」を押すこともありませんが、よくそんな時間があるものだと感心してしまいます。

でもこんなことは今や現代人ならだれでも経験している日常茶飯の風景にちがいありません。

メールが発達する前はファクスだったでしょうか。

その前は固定電話。

電話もなかった頃の仕事などというのはほぼすべて郵便だったのでしょうか。

その当時なら半年分くらいに相当する「〆切り」が今では一日の単位で多くの現代人に舞い込んでいるにちがいありません。

こんな社会に暮らしていれば一日が短くなるのも無理はありません。

この30分タイマー法を試してみて「毎回の30分」があっという間に感じられるとしたら、それは「一日や一月、一年が短く感じられる」ということの直接の証明といえると思います。

こうした時間感覚から解放されるかどうかということは現代人の人生航路のあり方として真剣に検討する必要があるように思います。

今このブログを書いているのは夜更けですのでさすがにメールは少ないですが(それでも1件来ました!)もうあと6分でアラームが鳴ります!!

では今日はこの辺で。また来週!


次回の更新は10/26(木)です。

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